ちょっとシュールでファニーな神さま「首里赤田町のみるくウンケー」|新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2017年8月25日更新

ちょっとシュールでファニーな神さま「首里赤田町のみるくウンケー」|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.32|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

雨上がりの首里の街は、ようやく一息ついたかのようだった。今年の夏の暑さは格別だ。お昼過ぎからポツポツ降っていた雨は静かにやんでいた。それではと、久しぶりに首里赤田町のみるくウンケーの行列を観に散歩しよう。多分22年ぶり。



8月後半の週末、自治会や団地などのコミュニティー単位での夏祭りがあちこちで行われていた。首里でも、あちこちの公民館で、小さな櫓(やぐら)を準備する光景を見かけた。道路沿いのフェンスや掲示板には、開催日時を知らせる横断幕や手書きのポスターも貼られていた。それぞれの自治会や子ども会が中心となる祭りなので、市町村単位の大きな祭りのように、地域外からわんさか参加するものではない。あくまでも地域住民のためのものだけど、首里赤田町はちょっと違う。なんといっても「みるくウンケー」があるのだ。みるくの神様のお迎え、である。

「みるく」とは、「弥勒神」のことで、沖縄では古くから伝わる童謡「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」でもおなじみの神様。沖縄の子だったら「みーみんめー みーみんめー ひーじんとー ひーじんとー いーゆぬみー いーゆぬみー」と口ずさんだことあるでしょう。見た目は日本における七福神のひとり・布袋さまである。いわゆる来訪神で、八重山各地の豊年祭で登場する弥勒神は有名であるが、しかし首里赤田町のみるくは、なんといっても「赤田首里殿内」発祥の地。いわば本場もんなのである(ちなみに八重山は「弥勒節」があります)。300年ほど前から始まり、一時期町内の行列は途絶えていたが、1994年に復活して、以来毎年行われているようだ。毎年、道ばたのポスターや横断幕で見てはいたのだが、復活した翌年に行って以来なかなかタイミングがあわなかったのだ。路次楽隊という古来から伝わる楽器の演奏隊を従えて行列するのだが、最近では中国福州で公演まで行っている。みるく神のモデルの布袋は、そもそも実在した中国の禅僧である。里帰りしたようなものかもしれない。

そんなみるく神はというと、祭りの当日、赤田町のすーじ小を行列して、道ばたで待っている、頭をたれた人々の頭上に大きな扇をかざして、果報(かふう)を与えていく。

赤田公民館付近をウロウロしていたら、いた、いた。みるくウンケーの行列を待つ町内会の人たち。遠くの方から、ぷぉーぴぃーひゃるらー、シャンシャンシャンと楽器の音が聞こえてくる。やがて、みるく神御一行の姿が見えてきた。みんな静かに待っている。小さな子どもがたじろいでお母さんの後ろに隠れたりする。たしかに、このみるく神、顔つきもリアルなおじさん顔で、なんといっても中年太りの腹をでっぷりと、着物をはだけさせて出しているのである。日常で出会ったらヤバイ。しかし足元はかわいい靴を履いているのは見逃せない。このファニーな異形の姿こそ来訪神とする所以(ゆえん)なのだ。

僕たちも便乗して道ばたで頭を垂れてみたら、みるく神から果報の扇をかざされた。ちょっとうれしい。



行列のハイライトは、首里城の裏門にあたる継世門(けいせいもん)で赤田町全体を言祝(ことほ)ぐかのように扇をひらひらとかざすところで、この門は別名「赤田門(あかたじょう)」と呼ばれるのだ。



最終的ゴールは赤田公民館で、すでに夕方から行われる夏祭りの準備はできている、いやもう始まっている。赤田公民館は、実は首里殿内跡なのである。公民館の中には、赤田弥勒御堂が設置されて、みるく神が祀(まつ)られているのである。



みるくウンケーご一行が戻ってくると、みんなにこやかに拍手パチパチ。そしてしばらくすると、みるく神は、櫓の上に設置された祭壇に鎮座する。あのお顔とお腹だけの姿で……。衝撃的な、シュールな、そしてなんともほほえましい光景なのであった。





 

<新城和博さんのコラム>
vol.34 かつてここにはロマンがあった
vol.33 夏の終わりのウッパマ
vol.32 ちょっとシュールでファニーな神さま
vol.31 セミシャワーと太陽の烽火
vol.30 甘く香る御嶽かいわい
vol.29 松の浦断崖と田園段丘の旅
vol.28 一日だけの本屋さん
vol.27 春の呑み歩き
vol.26 そこに市場がある限り
vol.25 すいスイーツ
vol.24 妙に見晴らしのよい場所から見えること
vol.23 帯状疱疹ブルース
vol.22 隣の空き地は青かった
vol.21 戦前の首里の青春を偲ぶ
vol.20 君は与那原大綱曳をひいたか?
vol.19 蝉の一生、人の一日


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ごく私的な歳時記 vol.32

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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