孫の味方|親泊宗秀のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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親泊宗秀

2017年5月2日更新

孫の味方|親泊宗秀のコラム

宮古島市に住む親泊宗秀さんが沖縄・宮古島の自然や人々の暮らしをご紹介します。沖縄を遊ぶ・楽しむ vol.07



桜の花が咲き誇る3月、4月は別れや新たな出会いの季節。
カトリック系の保育園に通っていた孫が4月から同系列の幼稚園に入園することになった。娘に保育園の修了式の様子をカメラに収めてほしいと頼まれ、会場となる教会に出向く。
シャッターチャンスが、なかなか訪れず手持ち無沙汰に辺りを見回すと、教会の西の隅に聖母マリア像があった。マリア像は、窓から差し込む光を受け、その表情は優しさに満ちあふれ、式に臨む園児たちを包み込んでいるように見えた。
孫は席の一番後ろに座り、こちらを見ては小さく手を振る。「ちゃんと前を向くよう」目で促しても、落ち着かない様子で目が合うと、何度も何度も小さく手を振っていた。
孫が通い始めた同幼稚園は創立50年余を超える。娘も私も通ったところだ。三代続けてお世話になることになった。教室と校庭の間に見事なブーゲンビリアの木があるのだが、創立以来あると思われる木は巨木に成長し、幹の太さはメタボと化した私のおなか周りよりも大きい。枝をせん定せずにいたら、いったいどれくらい伸びていたのだろうか?(数キロ・・・?)
同園は昨年、校舎が建て替えられた。工事中見当たらないので、てっきり切り倒されたと思っていた。丁寧に保護されていたのだろう。姿が現れたときは、思わずうれしくなった。
幾度となく襲ってくる台風を凌ぎ、広く伸びた枝の陰は子どもたちの遊び場として、運動会などは風通しもよく弁当を広げるには格好の場所だった。今もその光景は変わらない。



幼稚園の記憶は意外に残っている。特に園で起きた出来事について、予防注射で逃げ出した男の子、おやつに出たビスケット、意味も分からず唱えた「父と子と聖霊の御名においてアーメン」、聖劇でやった役(兵士1)、校舎の陰にあった体育用のマットで、寝そべって見た雲の形。忘れられないシスターの言葉・・・。

私が通園していた頃、西側に別棟の建物があり年少クラスがあった。そこはフェンスで仕切られていた。そのフェンスが今も残っている。
ガジュマルの枝根に取り込まれた金網とコンクリートの支柱が当時の記憶を呼び戻す。

時は流れるもの。幼稚園児だった私も、まもなく定年の年齢になる。今では孫のお迎えに同園に通っている。
「えっ!おじーちゃんですか?」と驚く先生の反応に内心喜んでいるが、ジジーには変わりない。
「ハイ!オジーです!」
「若く見えるので、おとーさんかと・・・」
「いやいやジジーです」
装いだけが若作りなので、間違われるのもいたしかたない。

迎えに行くと孫は決まってフェンスのところに駆けていく。少し前まで通っていた保育園がフェンス越しにあるからだ。
そこには、お友達が遊んでいる。お世話になった先生も見える。幼稚園に行きたいと言ってはいたが、環境が変わり自分の思考を調整するのに戸惑っているのが理解できる。
私は無理に引き戻さないで、遠巻きに待つことにしている。ひとしきりすると戻ってくるからだ。

人は誰でも、それぞれの歩むペースを持っているもので、無理にこちらのペースに合わせるとゆがみが生じる。幼い子どものペースを大人がどこまで慮れ(おもんばか)るか、ささいなことのように思えるが「育む力」においては、心しておかなければ成長を妨げる結果になりかねない重要な要素だ。
大人はたいがい、次の行動を考慮しながら、どうすべきかを考えている。「早くしなさい! ○○しなくてはいけないんだから・・・」
けれど、子どもは今が優先だ。幼い子は特に・・・、だから親とズレが生まれる。
そして、子どもが怖がる鬼や魔物を引き合いに出して、親のペースに引き込もうとする。
子どものペースなど合わせていたら日が暮れるどころか、時間がいくらあっても足りない、洗濯、炊事、仕事、大人の突合と常に忙しない。と、親は思うだろう。
その中で子育てをしていかなければならない。新婚当初から考えると未経験の領域だれも教えてはくれない。子育て学科なんて学校にはないのだから。
そんなとき、子どもの目の高さが違うように、ペースの違いを少し思い出すだけで、対処の仕方が変わってくるはずだ。

親の役割ってなんだろうか? 深く考えずに子育てしてきたような気がする。
孫ができて思うことは、この子の(孫)のために私は何ができる?
まず、「孫の味方になろう」だった。その旨、孫には伝えてある。だから、信頼度は揺るぎなく確保されている。
次いで、「怒らない」。注意はするが、けれど怒らない。短気の自分が信じられない成長ぶりだ。(車を運転中、危険な運転やルールを守らないドライバーにぶち切れしているくせに)
孫の成長は著しい。確か3月までは大きくなったら私と結婚すると言っていたが、つい最近同じクラスの「○○と結婚する」といい始める。
この裏切り行為にも、寛大に対処することができるようになった。
いうなれば、教会のマリア像のように慈愛に満ち思いやることができる成人になった。と、言うことなのだろう!?



親泊宗秀のコラム
vol.7 孫の味方
vol.6 珈琲の香りを喫む
vol.5 光に満ちた世界
vol.4 宮古島の四季を感じる

vol.3 夜の帷(とばり)が降りるころ
vol.2 宮古島からの便り ロマン・空想は尽きない。
vol.1 宮古島からの便り[赤浜]

親泊宗秀

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1959年3月26日生まれ
宮古島市職員

フラワースクール シエスタ

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