光に満ちた世界|親泊宗秀のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

COLUMN

親泊宗秀

2016年12月1日更新

光に満ちた世界|親泊宗秀のコラム

宮古島市に住む親泊宗秀さんが沖縄・宮古島の自然や人々の暮らしをご紹介します。沖縄を遊ぶ・楽しむ vol.05




宮古では海に出かけようと思えば、数分もあれば足りる。また、海岸沿いを囲むように一周道路がぐるりと整備されているので、断崖の風景を味わいたければ、東側と南側に出かけるといい。

休日ともなればドライブと称しては、妻と孫を伴い出かけることがある。もちろん、愛用のカメラを携えて・・・。

その日は曇り空だったが、水平線のかなたに少しだけ陽が差し込んで、一角だけが銀色に輝いていた。

その風景を撮るため車から降りると、眼下に広がる海原に一筋の光が突然現れた。ピンスポットライトで狙うかのように、灰色の雲間から差し込む薄明光線。数秒間の出来事だった。右から左に光の輪が水面を照らしながら移動していった。

思わず息を止めて、シャッターを連射した。距離にして200から300m目の前で起こった奇跡としか言いようのない出来事だった。

天つ空(あまつそら)にはさまざまな風景がある。それは刻々と移り変わり、同じものは一つとしてない。薄明光線もその一つ、太陽と雲が織りなす絶妙な現象に過ぎないが、光の筋を見るとなぜか心が洗われるような気になる。





光には短い波長の紫色から波長の長い赤色がある。それらが混ざると、白色の光へと変化するそうである。白色の光が内包する色彩は、無限にあるに違いない。どれだけの色を私たちは認識できるか分からないが、数光年先のはるかかなたには、さまざまな色がちりばめられているのだろう。

天の川銀河から遠く離れた銀河の群れには、想像もできないほどの色彩があふれて、見たこともない光に満ちた世界が広がっていると思うと胸が高鳴ってくる。





こんな経験をしたこともある。朝日を見るため出かけたとき、東海岸の波打ち際で起こったことだ。波の揺らぎに合わせ、朝日が水面に反射し、キラキラと輝いていた。

輝く光の粒を見ていると、幾つもの粒が水面をワルツでも踊るように、リズミカルに滑っていた。それも笑い声が聞こえてきそうなくらい楽しげに・・・。錯覚ではないかと思い目を凝らし、改めて見ても命が宿っているようにしか思えない出来事だった。

この時、思い出したのが聖書の言葉だった。「はじめに神は天と地を・・・光あれと・・・第一日である」まさに、光は生命の源なのではないだろうか。

だから、薄明光線を見るたびに、心が洗われるような感覚になるのだろう。





八つの島からなる宮古島諸島の海岸では、毎日のように奇跡が起こっている。

それに出合えるのは、特別な能力を必要としない。無意識に締めているタガをゆるめるだけでいい。(世間ではネジがゆるんでいると言うけれど・・・)
白色の中に隠された虹は、透明なグラスの中でも見ることができる。




親泊宗秀のコラム
vol.11 東松照明写真展
vol.10 宮古島の原風景(池間島)
vol.9 
御嶽
vol.8 麺にこだわる島人
vol.7 孫の味方
vol.6 珈琲の香りを喫む
vol.5 光に満ちた世界
vol.4 宮古島の四季を感じる

vol.3 夜の帷(とばり)が降りるころ
vol.2 宮古島からの便り ロマン・空想は尽きない。
vol.1 宮古島からの便り[赤浜]

親泊宗秀

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1959年3月26日生まれ
宮古島市職員

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