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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

COLUMN

喜屋武奈央子

2018年3月10日更新

グローバルに活躍するために~セクハラ・パワハラにNo!|喜屋武奈央子のコラム

喜屋武奈央子のfunokinawaコラム[vol.09]



昨年後半から度々話題になっている #Me Too をご存じですか? これは過去に性的被害を受けた(または現在受けている)女性たちが、Twitterで #Me Too を付けて投稿をしている社会現象です。「Me Too(私も)」と連帯を表明することで、セクハラ(英語のセクシュアル・ハラスメントの略で、言葉や行動で性的ないやがらせをすること)や性的虐待を容認しないというこの動きは、瞬く間に世界中に広がっています。昨年10月に、ハリウッドの敏腕プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタイン氏が女優達にセクハラをしていた疑惑が報道されたことは、記憶に新しいでしょう。

多くの女性たちが勇気を出して声を上げる中、権力とお金に物を言わせて告発者たちの口をふさごうとするケースがあったり、告発された人たちが辞任に追い込まれたりするなど、#Me Tooの影響は拡大しています。それと同時に、虚偽の告発をされたり、職場において誤解されることを恐れた男性たちが、必要以上に女性たちを避ける動きも出てきていて、女性の採用を渋る企業が増えてくるのではと不安に感じている女性たちも増えてきているとBBCは報じています。
http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-42200092)

最近はセクハラやパワハラ(英語のパワー・ハラスメントの略で、職場での地位や人間関係での優位性を背景に、精神的・身体的苦痛を与える行為)に対する理解が広まっていて、職場でもそれらを防止するための研修が行われたり、罰則を設定または強化するところも増えてきていますので、セクハラやパワハラをしてはいけないという空気は何となく出来上がってきているのではないかと思います。しかし、テレビや新聞では、学校教員が生徒に対してセクハラをしたり、職場でのパワハラによってうつ病になったり自殺をしたりするケースが度々報じられているので、本当に腑(ふ)に落ちている概念ではないのだな~と思います。

自分の育ってきた環境で当たり前に行われてきたことは、けっこう自分の中にしみついていて、意識せずにセクハラやパワハラを行っている場合があるので注意が必要です。セクハラやパワハラは男性から女性に対するイメージを持っている方もいると思いますが、男性から男性へ、女性から女性へ、または女性から男性へという場合もあります。ほんの冗談や軽い気持ち、または「愛のムチ」という名の叱咤(しった)激励やしつけのつもりでも、グローバルな環境、特に欧米社会では訴えられるケースが日本より多いので、被害者と加害者双方の人生に深刻なダメージをもたらしかねません。例えば会議をする時に、女性社員や新入社員にお茶出しをさせたり、立場が下の人に発言する機会を与えなかったり話をさえぎったりすること、外出の際にいわゆる「カバン持ち」をさせることなども、セクハラやパワハラととらえられることがあります。私が以前勤務していた職場で面接が行われた際、面接を受けに来た男性が、お茶を出した女性社員に対しぞんざいな態度を取ったことがありました。実はその女性社員は彼の面接官で、そのことに気がついた男性は気まずそうにしていたそうですが、結果として採用されませんでした。

罰則を強化するのは、セクハラ・パワハラ防止にある程度効果はあると思いますが、「ばれなければいいだろう」と思っている人がいるのは事実。「処罰されるからやらない」ではなく、「処罰がなくてもやらない」という風に意識を変えていくことがとても大事だと思います。多くの宗教には「自分がしてもらいたいと思うようなことを他人にもしなさい」という黄金律(ゴールデン・ルール)と呼ばれるものがあります。これは的を得ているルールですが、自分の価値基準は他人と違うことが多々ありますので、例えば「自分は厳しく指導してもらった方ががんばれる」という人が、同じように他人に指導すると、相手が精神的にダメージを受ける場合があります。自分の言動が適切かどうかを判断するひとつの方法として、他人が自分の身近にいる大切な人たちにその言動をした場合にどう思うか、と考えてみると判断しやすいかと思います。自分の言動に問題があるかどうか、自分ではなかなか判断しづらいことがありますから、家族や親しい友人などに「こういう状況の時にこんなふうに言ったらキツく感じるかしら?」と聞いてみる勇気も必要です。

AIなどのテクノロジーがますます発展していく社会では、人間同士の関わり合いが今以上に大切な要素になると思います。人間同士のコミュニケーションでは、違いや欠点を認めお互いに補完しあっていくことで成長していきます。さまざまな人種や宗教が混在するグローバルな環境では、これがとても重要なことなのです。


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1974年に沖縄本島(現在のうるま市)で生まれる。父の仕事の都合で10歳の時に新潟県に、13歳の時に北海道札幌市に引っ越す。大学3年まで札幌市で過ごし、21歳で米国アイオワ州にあるアイオワ大学に編入し、学士号(経済学)と修士号(第三世界の開発)を取得。卒業後は東京の財団法人や政府機関で働いたのち、国連の専門機関である国際労働機構(スリランカとスイスのジュネーブ)で勤務。帰国後は沖縄に戻り、現在は恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)で勤務。1児の母。

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