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2020年1月17日更新

やんばるの花鳥風月、墨色で描く|菊田一朗さん(水墨画家)

ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.19>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。

菊田一朗さん(水墨画家)


縁もゆかりもなかった国頭村安田(あだ)の集落に不思議な懐かしさを感じて福島から移り住んだ水墨画家の菊田一朗さんは、やんばるの自然を墨一色で描くことを通して「万物に境界はない」という自身の自然観を伝える


「自然は一つ」。墨一色に託す自然観

「初めて訪れた土地とは思えないほど懐かしい」。15年前、国頭村安田の集落に滞在した水墨画家の菊田一朗さんは不思議な郷愁を味わった。

「冬は雪が降り積もる福島の盆地で生まれ育った私にとって、沖縄は異国情緒のある島というイメージでした。ところが安田を訪れた時、心がほっとするような懐かしさを覚えたんです」

足を踏み入れる人間を拒絶することなく包み込む、母性的な優しさを感じさせる安田の自然。畏れ敬う自然と調和して暮らす集落の人々。自然と人とが豊かに共生する安田の風景は、大好きな「東海道五十三次」の浮世絵を思い起こさせた。

「『東海道五十三次』で歌川広重が描いたのは、自然の風景とそこで営まれる人の暮らしです。彼の浮世絵にある温かな情緒と同じものを安田に感じました」

一週間の滞在を終えたら福島に帰る予定だったが、離れがたく感じて住む家と仕事場を区長さんに紹介してもらった。

「全国各地を転々としながら絵を描いてきた私ですが、安田に暮らし始めてからはどこかに移りたいという気が全然起こらないんです。自分でも意外です」


集落内を流れる安田川に群生するマングローブと、冬に本州から渡ってくるカイツブリ。菊田さんは、飛ぶ鳥であっても写真に撮ったものを模写することはせずに、必ず自分の目で観察して描く


400年もの伝統を持つとも言われる集落の行事「シヌグ」をスケッチしたもの。菊田さんはスケッチも、そのあとの本描きも、手すき和紙に松煙墨(しょうえんずみ。松を燃やして出るすすを固めた墨)で描く
 

絵が好き。鳥が好き

教員だった父が趣味で油絵を描いていた影響もあって、菊田さんは幼少時から絵を描くことが好きだった。ウルトラマンやゴジラに出てくる怪獣の絵を描くと、クラスメートがこぞって欲しがるくらいに上手だった。

絵と並んで生き物にも熱中した。中でも野鳥が好きで、年配の会員も多い日本野鳥の会に中学生で入会してかわいがられた。

「小学1年の時でした。猟師さんが撃ち落としたシメという鳥を手のひらにのせて観察したことがありました。ベージュ色に紫や黒の差し色が入った羽が美しくて、こんなにきれいな鳥がいるんだ、と感激したんです」

絵と鳥に対する興味が一つに結びつき、中学生になると鳥の絵を描くようになった。本格的に絵の勉強をするために、東京の上野にある芸術大学への入学を志望した。ところがある画家にかけられた言葉が大学進学とは別の道に菊田さんを導いた。

「『君、鳥の絵を描きたいんだよね? 鳥は山や川や海にいるよね。どうして上野なんかに来るの?スケッチブックを持って、鳥がいる所に描きに行けばいいんだよ』と言われたんです。10代の無垢(むく)な心に響く言葉でした」

全国各地をめぐり歩いて野鳥を描く人生がそこから始まった。


昨年11月、那覇市の識名園で屏風(びょうぶ)絵の展覧会を開いた。「こういう作風なので畳間のある伝統建築で展示できる機会をいただけるとうれしい」。北中城村の中村家住宅でも8年前から毎年秋に個展を開催している
 

水墨画は“見る薬”

墨で描くことを最初から選んだわけではない。若い頃は絵の具を使って水彩画を描いていた。

「花の色にしても草木の緑にしても、自然界は美しい色にあふれているじゃないですか。色を使わずに描いてもおもしろくない、と思っていました」

しかし、人生の試練を何度か経験するなかで「水墨画の立ち位置が変わった」。精神的につらい時、水墨画のモノクロームな世界を眺めると心が安らいだ。味気ないと思っていた水墨画に、心を癒やす力があると知った。

「さざ波が海面に立つように、人の感情も絶えず起伏を繰り返しています。しかし海を潜れば静かな海底があるように、喜怒哀楽の感情の下にも静寂な場所がある。水墨画はそこに心を誘うものだと思います」


集落内に建つ旧公民館を仕事場として借りている。「友人が訪ねて来ると、夜、作品にスポットライトを当てて、ここで語らい合ったりします。とても幻想的な雰囲気になりますよ」
 

色を捨てたから描けるもの

「色という魅力的な世界」から離れて物足りなく感じたこともないわけではない。でも今は、色を捨てたからこそ描きたいものが描けると確信している。

「鳥も植物も水も、そして人間も、目には別々の存在に見えていても、循環する大きな命の一部だと私は認識しています。自然の万物は一つであって、それぞれの間に境界はない。そういう自分の自然観はむしろ墨一色での方が表現しやすい」

集落内を歩いている姿を日常的に見かけるヤンバルクイナ。かつてはやんばる船も停泊したという安田川に群生するマングローブ。集落の公園でひなを育てるオオコノハズク。安田での暮らしの中で出合う花鳥風月を墨一色で描く菊田さんの絵を見て、ある人は「何てリアルな絵だろう」と言った。たった一色が描き出す自然の情景の中に、鮮やかな色彩と生き生きとした躍動感が宿るのをその人の目は見たのだろう。


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空き家になった別荘を数年前に購入して住まいにしている


モノを所有することにあまり興味がない菊田さんが例外的に買い集めた古伊万里
 


モノよりも自然をそばに

スケッチブックを片手に全国を旅しながら絵を描いていた20代、菊田さんが旅先で宿をとることはまれだった。野外にテントを張って寝泊まりし、コッヘル(携帯用の小型調理道具)で料理を作って食べた。

「宿に泊まるのは当時の自分にはぜいたくなことで、キャンプ生活が基本でした。絵を描く道具以外で所有していたものと言えば、ザックとテントと寝袋と鍋くらい。それでも全く不足感を感じたことがなくて、毎日が充実していました」

充実した人生を送るのにモノはそんなに必要ないんじゃないか。当時抱いたその気持ちに今も変化はない。数年前に区長さんに紹介されて購入した家にも、家具や調度品を少ししか置いていない。

「モノを欲しいと思うことがあまりなくて。モノよりも自然環境が身の回りにあることの方が自分には大切です」

すぐそばに海も山も川もあり、多種多様な生き物が生息する安田。充実した毎日をかなえてくれる理想の環境に暮らす喜びを菊田さんは日々かみしめている。


朝一番に散歩に出る近くの海。「海が近くにない場所で育ったので、子どもの頃から海に強いあこがれを抱いていました。こんなに近くに住めるなんて、という気持ちです」


文・写真 馬渕和香(ライター)


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1776号・2020年1月17日紙面から掲載

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