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2019年12月20日更新

心を解き放つ器を暮らしの中へ|八谷明彦さん(陶・よかりよ店主)

ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.18>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。

八谷(やたがい)明彦さん(陶・よかりよ店主)


那覇の器店「陶・よかりよ」の店主、八谷明彦さんは、「器はこういうもの」という既成概念に縛られない自由闊達(かったつ)なスタイルの陶器を17年にわたり紹介してきた


常識の枠にとらわれない陶器、紹介して17年

器の店「陶・よかりよ」は、店主の八谷明彦さん(63)に言わせれば、「生き物だらけの動物園」だ。

「戸棚から這(は)い出してきそうな器ですね、とお客さんから言われることがあります。それだけ生命力が宿っている」

いびつでアンバランスな形。落書きっぽくも見える即興的な絵付け。子どもが描く絵のように自由奔放な色づかい。端正な顔つきのかしこまった器なんて、よかりよにはない。那覇市壺屋の一角にたたずむうなぎの寝床のように細長い店に並ぶのは、「器は普通、こういう形でこんな柄」という既成概念を笑い飛ばすような器ばかりだ。

「店を始めて17年ですが、『変わった器だね』とか『この器ではご飯を食べる気がしない』などといまだに言われます。でも逆に、『よく分からないけど、いいと思う』とおもしろがってもらえることもある」

お客さんの中には、目の前の器と恋に落ちたみたいに頬をぽーっと赤らめる人もいる。

「自分が惚れ込んで置いている器にお客さんも惚(ほ)れてくれているんだなと、たまらなくうれしくなります。店を続けることに何度もくじけそうになったけど、こういうことがあるからやめられません」


「人があまり来なさそうな、それでいて器好きな人なら探してでも来てくれそうな場所」を選んで店を構えた。好きだという黄色に塗られた入り口とさびついた看板に手書きされた店名が、そこが店だとささやかに主張する


以前は倉庫だったスペースを改装した店は、元々あったデコボコをそのままにした土間っぽい床や、ペンキの色むらをわざと残した壁などが、肩の力の抜けた空気感を醸していて居心地がよい。自然光に近い明かりで器を見てもらえるように、照明は暖色系と寒色系を組み合わせて付けている。「混ざり合うとちょうどいい光になる。舞台美術の仕事を通して知ったやり方です」
 

「何だこれ」と思わせる器

八谷さんの器愛好歴は長い。始まりは49年前の大阪万博の年までさかのぼる。中学生だった八谷さんは、1年以上前から心待ちにしていた万博に行かせてもらえなくてひどく落ち込んだ。見かねた父が連れて行ってくれたのが上野の東京国立博物館で開かれていた東洋陶磁展だった。

「茶わんや皿なんて見たっておもしろくないよと半分ふてくされながら会場に入ったんです。そうしたら入り口にいきなり唐三彩(とうさんさい)のラクダがボーンと現れて。他にも馬がいたり、見事な魚の絵が描かれたでかい壺(つぼ)があったり、『何だこれ』と思うような見たことのない陶器がずらずらと並んでいて、いっぺんに魅了されました」

「何だこれは」という驚嘆を引き起こす器を自分でも作ってみたいと思うようになった。大学で芸術学科に進んで陶器作りに打ち込んだ。ちまたではやっていたディスコに一度も行ったことがないほど、暇さえあればろくろと窯の前で過ごした。しかし、満足のいく作品はなかなか作れなかった。教授から「そんなもの、陶器じゃない」と言われるほど型破りな作品を作っても、「新しいっぽいだけで、結局は常識の枠から出ていない」と内心では敗北感を味わった。


取り扱う作家は現在13人で、県内と県外の作家が半々。「作家とは友だちにならないように心がけています。触るとヒリヒリするような部分を関係の中に残しておかないと逆に関係が崩れてしまう」


「自由さに驚かされ続けている」と八谷さんが話す愛知県の作家、キムホノさんの作品
 

器を通して“自由”を売る

どんなに自由になろうとしても振り払えない常識の鎖。そこからするりと抜け出した陶芸家がいることを知ったのは、当時就いていた舞台美術の仕事が忙し過ぎて陶芸ができなくなっていた30代半ばだ。その作家、キムホノさんの個展会場に入った時、千個あった作品が生き物みたいに一斉にうごめいたような錯覚を覚えた。

「恐る恐る手に取ってみたら、どんどん気おされて、身体が熱を帯びてきて、気が付いたら帰りの電車の中で買うのを忘れたことに気づいた。それくらい衝撃的でした」

「自分ができなかったことを簡単に成し遂げ、自分が登りたかった山の二合先を歩いている」キムさんの作品を夢中で追いかけるようになった。そのうちに、「いつか自分も陶器作りを再開しよう」と思っていた気持ちが薄れた。結婚を機に妻の故郷の沖縄に移り住んだ翌年、作るのではなく「売る側を担当しよう」と決めて、よかりよを始めた。

以来、自分の店を「実験場」と考えて、伝統的な陶芸の枠にとらわれない自由な表現の器を取り扱ってきた。「疑似恋愛するくらいに」気に入って置いている器を「なんでこんなにひん曲がっているんだ?」、「用の美がない」などと否定されても、「自分の物差し」を信じ続けた。

「常識から外れたものを、これでもいいじゃない、と許して受け入れた瞬間、その人の心はそれだけ自由になる。よかりよは器の店ではあるけれど、“自由”を売っている店でもあります」

ゆがみ放題で、絵のようにカラフルで、遊び心に満ちたよかりよのマグカップやおわんや皿。一つ、また一つと買われていくたびに、器の形をした自由が人の暮らしの中へ広がっていく。


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八谷さんの住まいは那覇市内の賃貸マンション。「ここに住む決め手となったのは、読谷まで見晴らせるこの眺め。浦添や宜野湾で打ち上がる花火も自宅から楽しめます」。北向きの大きなガラス窓から差し込む穏やかな光が、インドネシアやアフリカのものだというテーブルや椅子や愛用する器をしっとりと照らす
 


ものを愛でる暮らし

リビングの棚に飾られたお気に入りの器や絵や書物。玄関や窓辺に生けられたツツジやシュウメイギク。八谷さんの住まいには美術工芸や生け花を愛(め)でるためのスポットが随所に設けられている。

「昔の家屋には床の間のような、ものを見せる場所が箇所箇所にありましたよね。廊下の曲がり角に短冊がかけてあったり、玄関に季節の絵が飾ってあったりした。ところが現代住宅にはそういう場所が少なくなっている」

ものを飾る習慣がなくなると、ものを愛でる心のゆとりまでもが一緒になくなる。だから八谷さんの家ではできるだけものを愛でる場所を設けるようにしている。

「ものを買って来たら、しまっておくんじゃなくて、使って愛でて育てて、コップ一つに対しても『どんな気持ちでこれを作ったんだろう』とか、想像力を膨らませるような向き合い方をしたい。ものの物語を完結させるのは使う人ですから」

人とものとが対話する中から生まれる物語が、ものの数と同じだけ八谷さんの家にはある。


八谷さんの食器棚。重ねた器と器の間に、こすれて傷が付かないように手ぬぐいが挟んである。「年に1、2度全部出して風に当てます」。使うだけでなく、いたわる、という器への接し方に深い愛情が感じられる


文・写真 馬渕和香(ライター)


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1772号・2019年12月20日紙面から掲載

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