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2018年5月14日更新

マルチな才能、沖縄で開花|出利葉弘喜さん(スタイリスト・ファッションデザイナー)

ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.01>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。

出利葉弘喜さん(スタイリスト・ファッションデザイナー)

出利葉弘喜さん(スタイリスト・ファッションデザイナー)​|楽園の暮らし方
出利葉弘喜さん。元陸上選手で書道は3段という“文武両道”なスタイリスト兼ファッションデザイナー。自宅の一室にあるアトリエにて


 

「一生いたい」島で、苦難さえも謳歌

沖縄行きの片道切符を手に、住み慣れた東京を離れた時、出利葉弘喜(でりば・ひろき)さん(37)は友人たちから「どうせ3カ月で帰って来るよ」と妙な“はなむけの言葉”を贈られた。
「東京の暮らしが楽しくて仕方がなかったから、自分でもその時までは、東京を離れるなんてあり得ないと思っていました」
しかも沖縄は、行ったこともなければ興味を持ったこともない土地。関東育ちの出利葉さんが沖縄について知っていたことと言えば、「国際通りとアクターズスクールだけ」だった。
それでも沖縄行きを決意したのは、「知らない土地に行けば晴れるかもしれない」と思っていた心の“憂さ”があったからだ。当時、出利葉さんは東京のアパレル企業でデザイナーとして働いていた。ところがある出来事を境に退職を考えるようになった。そんな時、長く音信が途絶えていた古い友人にふと思い立って電話をかけた。友人が沖縄に引っ越していたとは知らずに。
「『こんなことがあってさ』と悩みを打ち明けると、友人が一緒にビジネスを立ち上げようと言ってくれて、久しぶりに会うことになりました。『どこで会う?』と尋ねると『カデナ』と彼が言うので、まさか嘉手納とは思わずに『カデナっていう居酒屋?』と聞くと、『米軍基地のある嘉手納だよ』と(笑)」
友人と仕事をするには慣れ親しんだ東京を離れなければならなかったが、迷いはなかった。翌日、会社に辞表を提出した。
それから5年。思わぬなりゆきで暮らし始めた沖縄は、「一生離れたくない」場所になった。
「太陽が近くて、人も付き合いやすいから、変な“えぐみ”が心にたまりません。毎日、『イエーイ!』と元気でいられる所です」

 

幸運の女神に助けられ

もちろん、そう思えるまでには紆余曲折もあった。友人と立ち上げた写真スタジオの経営が行き詰まり、兼業で行っていたスタイリストの仕事だけでは生活費が払えなくなって、「たくあんで飢えをしのいだ」ほどの窮地に陥ったこともあった。
「スーパーに行って70数円の赤札付きのたくあんを買ってきて、それを3日かけて食べるのを3回続けたこともありました」
しかし、苦境に立たされても不思議な幸運に助けられるのが、昔から出利葉さんの人生のパターンだ。特価のたくあんで命をつないでいた最中に、テレビ番組の関係者から連絡をもらった。出演者のスタイリストに起用してもらえるかもしれないと期待を膨らませてスタジオに出かけて行くと、自分自身が番組に出るという予想外の展開になった。
「ポンポンと話が決まって、極貧生活から脱出できたんです」
1年にわたるテレビ出演で顔を知られるようになった出利葉さんに、幸運の女神はさらにほほ笑み続けた。番組が終了した直後、今度は沖縄の人気ファッションブランド「LEQUIO(レキオ)」から、デザイナーにならないかと誘われたのだ。
「この幸運がケガでもして逃げてしまわないように、それ以降はバイクの運転もスピードを落とすようになりました(笑)」




今年1月まで専属デザイナーを務めたファッションブランド「LEQUIO」の旗艦店。琉球藍やフクギで染めた麻のワンピースなど、沖縄の太陽や風に似合うアイテムが並ぶ


出利葉さんの作品。ブランド創業者の嘉数さんが広めていきたいと考えている琉球藍染めを現代的に取り入れた(写真はLEQUIO提供)

 

多芸に生きる

2016年に専属デザイナーに就任した出利葉さんは、多くのファンを持つLEQUIOのスタイルを引き継ぐ一方で、「新風を吹き込む」努力もした。ブランド創業者の嘉数義成さんが築き上げた、沖縄の風土や文化に根ざす服づくりに、東京のファッション業界で約10年働いた自分の感性に響く「今のトレンド」を忍ばせた。先鋭さを増したLEQUIOのファッションは、昨年秋にデパートリウボウで開かれた「RYUBOコレクション」でも、「あこがれの媒体から一斉に取材を受けた」ほど好評を博した。
「職人肌の嘉数さんとミーハーな自分の個性が合わさって独特な魅力が生まれたと思います」
LEQUIOとの専属契約はこの冬で終わった。今後はフリーランスの立場でデザイナーやスタイリストの仕事をしていくことになる。生活は再び不安定になりそうだが、不安はさほどない。
「もともと何かに特化して生きようという気持ちがあまりないんです。デザイナーでもスタイリストでも絵を描くことでも、自分にできることで、人様が求めてくれることなら、生きているうちに一つでも多く挑戦したい。それが人生のモットーです」
たくあんをかじった日々も、「お金持ちには絶対にできないこの体験を謳歌しよう」と前向きだったという出利葉さん。人生に悩む人の「相談相手」になるような活動もしてみたいと話す。「『イエーイ!』と元気でいられる」沖縄で、マルチな才能はますます花開きそうだ。



ファッションコーディネートの考え方を空間に当てはめた一室。メインカラーを茶と青と決めたことで、部屋に統一感が生まれ、すっきりと広くも感じられる。いらなくなったマットレスにかぶせた青いカバーは、古着のデニムを縫い合わせて自作したもの。まねしてみたいアイデアだ。


出利葉さんの自宅は、浦添市の昔ながらの住宅街に建つ一軒家


“見せる収納”を実践した壁の帽子は、インテリアかアートのよう。「お気に入りの帽子だからいっそのこと見せてしまおうと壁に並べて掛けています。パッとかぶれてパッとしまえるので実用的でもあります」


玄関から入ってすぐのダイニングキッチン。バーカウンター式の細長いテーブルも出利葉さんの手作り

 

服とインテリアの意外な共通点

出利葉さんの自宅は、知人から借りている4DKの平屋。「『壊れるか、飽きるかしなければ一生いていいよ』と家主さんが言ってくれているので、老後まで住み続けるつもりでいたい(笑)」と話すほど気に入っている。
「この家に来るとみんな長居する」という居心地の良さは、4歳で「絵を描くことの高揚感」に目覚めて以来、「絵心」を磨き続けてきた出利葉さんのこんな美意識から生まれている。
「家に“挑戦”するような素材や色は持ち込まないようにしています。家の個性と共存できるアイテムを、『ちょっと添えさせてもらうね』という気持ちで置いています」
おもしろいのは、出利葉さんが、ファッションのテクニックをインテリアにも応用しているところだ。
「服の色遣いとほぼ同じ考え方で部屋の配色を決めています。ベースカラーに対してアクセントカラーを9対1から7対3ぐらいの割合に抑えると、モノがたくさん置いてある部屋でも統一感が出ますよ。しかも実際以上に広くも感じられます」
ファッションの達人は空間づくりの巧者でもあるようだ。



文・写真 馬渕和香(ライター)


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1686号・2018年4月27日紙面から掲載

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