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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

わたしらしく

彩職賢美

2016年6月16日更新

「命」描き続ける【宮良瑛子さん・画家】

才色兼備『沖縄で働く女性は、強く、美しい』

絵は言葉 反戦、女性描く
宮良瑛子さん【画家】




女性や反戦をテーマにした絵を描き続ける宮良瑛子さん(81)。夫の出身地である沖縄に、復帰前に移り住んだ。それ以降、市場で出会った力強い女性たち、沖縄戦、湾岸戦争、辺野古…、「命」を見つめ、描き続けた。画家になって半世紀以上。「私にとって絵は言葉。表現することで、前に進める」と、凛としたたたずまいで話す。





細身で小柄。「『あの絵をあなたが描いているの?』とびっくりされる」と宮良さん。テキパキと動き、よく笑う。

代表作「アンマーシリーズ」の対象は、市場の女性たち。しっかりとした体つきにどっしりとした足。「躍動感にあふれ、生きている実感があった。理屈抜きにほれ込んでね」と宮良さん。対象の多くは女性だ。「命を産み、育てるのは女性だからね」。

初めて沖縄を訪れたのは、復帰前の1969年。当時34歳で、二人の子を連れて来沖した。議員だった夫作さんは渡航を拒否され、自身も2度目の申請で許可が下りた。約1カ月、本島、石垣島、与那国島を精力的に回りスケッチをした。「はだしでタライやバーキをかつぐ女性たち。住民側を向いている基地の金網、芝生の広がる基地の隣の狭い道で遊ぶ子ども」と、当時の情景を鮮明に語る。米軍に捕まらないように、基地の周辺では、スケッチ帳は持たず、手のひらに指で描き、目と心に焼き付けた。「描こうとすると、しっかり見る。外から来ると、ショッキングなことが多かった」。

復帰前年の1971年、復帰運動が熱を帯びる沖縄へ家族で移住する。機会があるごとに平和集会や学習会に参加し、戦跡や資料館を訪れた。沖縄戦を描きながらも、「経験していないのに描いていいのか」と葛藤したが、ベトナム戦争終結後間もないベトナムへの訪問が後押しとなる。「生々しい戦跡や戦争博物館を見て、残すことの意義を学んだ」。その後、「確信を持って」沖縄戦を描くようになる。「想像を絶する体験をした沖縄が、力強く歩き出していることへの感動もあった」。批判も受けたが、「表現することで、何かが伝われば」と描き続けてきた。完成した作品「シリーズ燒土」は、代表作となっている。

絵を見た人からは「涙が出た」「ありがとう」と言われたが、モダニズムと言われる抽象画が主流だった業界で、社会性の強い作品の評価は低かった。それでも、「批判は、『もっと描けるようにならないと』というバネになった。そもそも絵は評価されるためではなく、自分の心を表現するもの」と、きっぱり。以降、湾岸戦争や従軍慰安婦、辺野古など、心が向かうテーマを取り上げてきた。「売ろうと思って描いたことはない」。絵画教室で教え、生活の糧とした。

目標としたのは、戦時中、戦争画を描かずに投獄された画家たちだ。「人間はどうあるべきか、芸術はどうあるべきかを教えてくれた」。身近で支えたのは、夫だった。「私のすることを深く理解してくれた」と感謝する。

制作以外にも、活動は幅広い。男性社会の中で、「女性美術家のスキルアップにつながるなら」と「女流美術家協会」の発足に尽力。1977年に設立し、事務局長に就任。その後、10年間会長を務めた。82年にスタートした「沖縄平和美術展」を提唱し、今も運営に携わる。

画家になり半世紀あまり。多くの作品を生み出してきた。「絵は体力・気力勝負で、精根尽きることもある。でも、復帰後も続く沖縄の現状を描き続けたい」と、キャンバスに向かう。



 

宮良瑛子展 いのち 2016年10月16日(日)まで


(沖縄県立博物館・美術館提供)


レクイエム沖縄


美ら島・辺野古(どちらも沖縄県立博物館・美術館 所蔵)

宮良さんの作品展が、10月16日(日)まで、沖縄県立博物館・美術館で開かれている。展示作品は、絵画27点と彫刻1点。ぜひ、生の迫力に触れて。

日時=10月16日まで 9時~18時(月曜休館)
場所=沖縄県立博物館・美術館(那覇市おもろまち3-1-1)
料金=一般310円、高校・大学生210円ほか
問い合わせ=同館・電話098-941-8200


 

宮良さんの創作の種

画家Q.どうやって絵を描くのですか。
テーマに沿って構図を考え、絵にしていきます。創作の元になるのがスケッチです。私の絵の対象はほとんどが人。肉体の構造、動きを知らないと、絵に描き起こせません。さまざまな場所で、人々をスケッチしてきました。思い出深いのが、初来沖した1969年のスケッチブック=写真。「大きなものは目立つ」と言われ、半分に切ったんです。瀬長亀次郎さんのジョリオ=キュリー賞受賞祝賀会で踊る人々、糸満の漁師、市場の女性たち、いろいろな人たちを描き留めました。基地周辺ではスケッチブックも持てなくて、手のひらに指で描く真似をして記憶にとどめました。指の動きで、情景が浮かんでくるんです。



PROFILE
みやら・えいこ
1935年、福岡県出身。高等学校を卒業後、働きながら通信教育を受け、その後上京。57年、武蔵野美術学校教員養成所を卒業。61年、日本美術会会員。以降、日本アンデパンダン展に毎年出品。71年、沖縄へ移住。77年、沖縄女流美術家協会の結成に関わり、事務局長に。その後、10年間会長。反核・沖縄平和美術展(現沖縄平和美術展)を提唱。82年にスタートし、今も運営に携わる。




週刊ほーむぷらざ「彩職賢美」|輝く女性を応援!
今までの彩職賢美 一覧
撮 影/比嘉秀明
編 集/栄野川里奈子
『週刊ほーむぷらざ』彩職賢美<1218>・第1509号 2016年6月16日掲載

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おいしいものに目がないガチマヤー(くいしんぼう)。2016年に国際中医薬膳師の資格をとりました。おいしく健康に!が日々のテーマ。

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