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2022年5月12日更新

【復帰50年特別企画】変わるもの 変わらないもの|中乃湯(沖縄市 安慶田)

沖縄が1972年に本土復帰してことしで50年。衣・食・住の分野から、商売を通して世の中の移り変わりを見てきた女性経営者や事業後継者にインタビュー。復帰して変わったこと、変わらないことなどを、これまでの歩みと共に語ってもらった。


復帰50年特別企画

常連客に支えられ50年

県内唯一の銭湯

中乃湯(沖縄市安慶田)

仲村 シゲさん(89)沖縄 銭湯 中乃湯
沖縄市安慶田にある「中乃湯」は、今では県内でただ一つの銭湯だ。入り口の近くに置いてあるベンチに腰掛け「お風呂ねぇ、いらっしゃい」と店番をするのは、店主の仲村シゲさん(89)。ベンチの周りでは「久しぶりだね!」「今日もオバーの顔を見に来たさぁ」といった和やかな会話が飛び交っている。

「中乃湯」は、夫の次郎さん(故人)が1960年頃に始めた。お湯は地下350メートルからポンプでくみ上げたアルカリ性鉱泉をボイラーで温めて使用。脱衣所と洗い場の仕切りが無く、昔ながらの面影を残す。仲村さんが嫁いだ70年ごろからは、二人三脚で運営を開始。84年に夫が他界し、女手ひとつでこの湯を守り続け50年以上になる。

開業当初から70年代初頭にかけ、近隣のコザ十字路界わいは外国人を相手に商売をする飲食店や日用雑貨店などが並び、活気があったという。「家庭にボイラーが普及していない時代で、市内にユーフルヤー(風呂屋)は約30軒あった。地域の家族から商売関係者まで多くの方が湯につかり、多い時で1日100人ほどが利用し、繁盛していた」と振り返る。多彩な話題が飛び交う集いの場としてにぎわっていたという。

一方、怖い思いもした。コザ十字路から南側に延びた街並みは黒人兵たちが縄張りとする「黒人街」、北側は白人兵たちの「白人街」があり、外国人同士のいざこざも絶えなかったという。「営業を終え息子が風呂に入っていると、酔った外国人がドアを開け、入ってこようとしたこともあった」と当時のエピソードを語る。

沖縄 銭湯 中乃湯
水色のロッカーが目を引く脱衣所と浴場の間には仕切りがなく開放感あふれる。洗い場の中央には楕円(だえん)形の浴槽がある


1970年頃のコザ十字路。車は右側車線を走っており、近隣にはさまざまな店舗ができにぎわっていた(沖縄市総務課 市史編集担当 所蔵)

100歳まで続けたい

本土復帰後は、家庭用浴室の普及で銭湯の利用者が徐々に減少。さらに燃料の高騰で経営は打撃を受けたという。 「一時は、生活費の足しにするため洋裁の仕事と銭湯をかけもちしていました。子育てと生活のため必死だった」と話し、寝る間も惜しんで働いたこともあったという。「地域の人たちの集いの場をなくしてはいけないという思いが強かった。その思いは今でも変わらない」と銭湯を守り続ける理由を語る。最近では県内唯一の銭湯という話を聞きつけ、県外から訪れる観光客も増えている。

「もうけはないけど、年金もあるし普通の生活ができればそれでいい。自分でもよく続けてこられたと思うし、思い残すことはない。でも、常連さんや足を運んでくれる方々のためにも100歳まで続けたい」と笑った。

年季の入った「中乃湯」ののれん


フロントにある木札。「わ」と書かれているのは「わ」の文字が板に書かれていることから「わ(沸)いた」(営業中)を意味し、「ぬ」は「ぬいた」(終了)を意味する

沖縄 銭湯 中乃湯
中乃湯
【場所】沖縄市安慶田1-5-2
【入浴料】大人(12歳以上)370円、中人
(6歳以上)170円、小人(6歳未満)100円
【営業時間】14時~18時【定休日】木・日曜
なかむら・しげ/1933年、石垣市川平出身。16歳から農作業や郵便局、洋裁など幾つもの仕事に従事。結婚後の1970年頃から夫とともに「中乃湯」を運営。84年、夫が他界。その後は一人で同銭湯を守り続けている。

関連:【復帰50年特別企画】変わるもの 変わらないもの

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ジョージレストラン(那覇市 辻)
 

『週刊ほ〜むぷらざ』復帰50年特別企画
文/安里則哉

第1814号 2022年5月12日掲載

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