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COLUMN

新城和博

2022年3月15日更新

「コロナ禍のトレーニング・ジムにて」|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.93|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

コロナ禍で3回目の春を迎えた。1年目は、子供たちの学校が突然休校になって右往左往していた。何度かの波がやってきた2年目は、先はまだまだ見えないけれどワクチンが開発されたらしいということで、暗いトンネルのむこうにほのかな明かりを感じた。そして3年目だ。まさか世界を揺るがす戦争が起こるとは思っていなかった。STOP THE WAR!


沖縄は、1年目の夏あたりから、国内のコロナまん延期を先取りするようになっていた。緊急宣言が出ると、ぼくが通っている公共のトレーニング・ルームは閉鎖になってしまう。

運動不足とストレス解消のため始めた、きわめて軽い室内でのワークアウトは、意外にもぼくの生活になじんでいた。もう5年くらいは続いているのだ。

いろんな人が利用しているところで、ぼくよりも年長のかたも多く、いつ行ってもいる主(ヌシ)のようなおじさんが何人かいた。健康維持のため、のんびりランニングマシンでテクテク歩いている夫婦らしき方や、筋肉自慢のおじさんたちはそれぞれ顔なじみだ。ここがひとつの交流ルームのようで、楽しそうに会話していた。

ぼくは聞き耳をたてているわけでもないが、なんとなく聞こえてくる話とワークアウト用に流れてくるジャスティン・ビーバーをBGMに、ひとりしずかに運動する。とくにそこで誰かとなじみになるということもない。でも常連の方の顔は次第に覚えるものだ。運動の終わりにいつもやるエアロバイクをこぎながら、文庫本を読むのは至福の時になった。この数年いろいろ読んだが、この状況でベストは片岡義男の短編集である。

閉鎖期間中は、そんなに運動することもなく過ごしてしまったので、まん延防止期間が明けるのを、そのつど心待ちしていた。

何カ月に及ぶこともあった最初の閉鎖が明けてのトレーニング・ルームは、人数制限が設けられ、感染防止対策のため、さまざまな制約があった。だけど、なじみの彼らはやはりちゃんといた。お互いの近況を確かめ、再会をよろこぶ会話が聞こえた。ぼくもその様子に安堵(あんど)した。お元気でなにより。

しばらくして、ルームでの会話は禁じられた。「黙トレ」である。感染防止のため無用の会話は禁止、有酸素運動以外はマスク着用、使用した器具はそのつどアルコールで拭くなど、さまざまな対策が取られていた。それでもトレーニング・ルームはリラックスできる場所にかわりない。

2回目の長期の閉鎖のあとも、やはり彼らは集まっていた。

でも前より静かで会話も少なくなった。

3度目の閉鎖明けには、主(ヌシ)の何人かの姿を見かけなくなった。

あのなかよくいつもテクテク歩いていたご夫婦も、元気がないように感じられた。

そして今回、ふたたび再開されたトレーニング・ルームには彼らの姿はない。

BGMもあいみょんに変わった。

ぼくは片岡義男を読みながらエアロバイクをこぐ。

みんな、お元気だろうか。一言も話したことのない彼らの健康を気にしながら、今日もトレーニング・ルームに通う。春はいつものようにやってきたのだから。


▲首里の夕焼け
 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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