そんなに悲観しないで桜を愛でる |新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2021年2月12日更新

そんなに悲観しないで桜を愛でる |新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.80|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

そんなに悲観しないで桜を愛でる


 桜の花が咲き始めるころ、いつものように、首里かいわいを散歩する。ピンクの桜の花たちをもとめて、ぶらりぶらり、あてもなく歩くのが、ここ数年のささやかな楽しみとなっている。もはやわが家の恒例行事といっても過言ではない。かってに縁もゆかりもない他人様のお家の桜の木を愛(め)でているのだが、ぼくたちにとってはどれもこれも立派な桜の名所である。

桜の木をみつけると、満開だ、これはまだつぼみだからカウントしない、あっ、あんなところに咲いている、などと話しつつ、首里の坂道を上り下り、住宅地となった尾根沿いの裏道をくねり歩く。慣れ親しんだ散歩道も桜がところどころ咲いているだけで、ちょっとした旅をしている気になってくる。今年は特に。こんな時にしか歩かない路地、新しく見付けた横道。虎瀬山も儀保の森も見頃の8、9分咲き。



沖縄で新型コロナの感染者が出たのは去年の2月だった。それから県外はもちろん、できるだけ遠出を避けてきた一年。咲いている桜の木を150本ほど数えながら、同じように散歩をしている中年のふたり連れや子連れの家族とすれ違う。ご近所への花見は、不要不急なのか、どうか……。ぼくが子どもの頃、実家の那覇・開南かいわいではこんなに桜が咲いていたという記憶はないのだけど、首里の人は桜が好きなのだろうか。

ご存じのように沖縄の桜前線は北から南へと移動する。山原の、名護や本部、今帰仁あたりの桜も鮮やかに咲いているのだろう。後日聞くと、その終末は高速道路も混んでいたようだ。しかたないよね。桜祭りはなくても、花を愛でる気持ちは抑えられない。感染症の嵐がいまだ吹き荒れても、季節の移ろいを感じることで、心に少しでも平穏をもたらしたい。ふと気づくと、むかしと比べて、気持ちが縮こまっているような気がする。歳のせいかコロナのせいか……桜を追いかけながら、あれこれ思う。

弁が岳のふもとの家に戻ると、さっそくデッキで桜色のビールを飲む。さらに調子にのって散歩の帰りがてら小さなワイン屋さんによってもとめた桜ラベルのワインも開ける。伊国か仏国かは忘れてしまったが、この時季だけ日本用に桜ラベルが出るのだそう。まんまと術中にはまったが、まあ今年は経済を回さなくてはいけないので、いたしかたない。

 

それからしばらくたって旧正月まえ、うららかな春の陽気から天候が急に崩れた。そうだった。沖縄はこれから旧暦2月ころには、「にんぐゎちかじまーい」(2月風廻り)といって、急に激しい北風が吹き荒れる季節になるのだ。少し早めのかじまーいだろうか。

コロナ禍で店を閉めているところも多いので、国際通りはまるで台風前のようにシャッター通りとなり人気も無かった。この風だと桜の花も散ってしまうことだろう……。ゆるみも油断も禁物。日々の感染者数に一喜一憂せずに、さて次の花の季節に備えておこう。

とかなんとか、思ってたら、沖縄のヒカンザクラ、あの強風でも全然散ってなかったんだよね。なんだか、さすがと思ってしまった。

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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