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2019年4月19日更新
絵のようなうつわを自由に、楽しく|小泊 良さん(陶芸家)
ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.11>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。
小泊 良さん(陶芸家)
今帰仁村在住の陶芸家、小泊良さんは、絵画と陶芸が合体したような独特の作風で人気を博す
全国にファン、台湾でも個展
土でできた抽象画。陶芸家、小泊良(こどまりりょう)さん(48)のうつわは、そんな印象を与える。
「絵のモチーフは特にありません。下書きも何もせずに、頭を真っ白にして即興で描きます」
以前は模様のないシンプルなうつわを作っていた。転機をもたらしたのは、子どもの誕生だ。
「子どもが描く自由奔放な絵を見て、自分も幼い頃にこういう絵を描いていたなと思い出し、絵付けをするようになりました。だから子どもの影響です」
静岡県出身の小泊さんは、物心ついた頃から絵を描いたり、段ボール紙でロボットを作ったりするのが好きだった。高校は地元の美術系学校に進み、大学も美大を志望。どこを受験しようかと思案していた時、日本最南端の芸術大学が興味を引いた。
「どうせなら遠くの大学に行ってみたかったんです。開学して間もない新しい大学であることも魅力的でした」
沖縄県立芸術大学の美術工芸学部を受験しに訪れて、生まれて初めて沖縄の地を踏んだ。
「沖縄の第一印象ってほとんどないんです。試験を控えてすごく緊張していたから、周りの景色が全く目に入らなくて(笑)」
何かを表しているようないないような不思議な模様がカラフルに描かれた小泊さんの作品。子どもが描く絵に触発されて、うつわに絵を描き始めたという。「子どもの絵のおもしろさには負けていますけれどね(笑)」
マニュアルのない自由
美術工芸とひと口に言っても、絵画、彫刻、デザイン、染織、漆芸などさまざまなジャンルがある。その中で陶芸を専攻したのは、「子どもの頃に熱中した粘土遊びの延長」のようで、おもしろそうだと感じたからだ。陶芸の何たるかをまるで知らずに選んだが、勘を信じて正解だった。
「僕はもともと、決められた手順通りに何かを作ったりするのが苦手で、プラモデルだってろくに組み立てられないんです」
にわかに信じがたいが、中学から大学まで、先生に「不器用」と言われ続けたという。
「陶芸はマニュアルもないし、基本的にはどんな作り方をしてもいい。作っている途中で誤ってグチャッと床に落としても、逆にそれがおもしろい作品になることもある。陶芸の持つそういう自由さが僕に向いています」
誰もが通る道
県立芸大を出た後、すぐに陶芸家として芽が出たわけではなかった。アルバイトをしながらアパートの自室で制作をし、できあがった作品を持って本土のギャラリーや器店を回った。
「『あなた、うつわをなめてるでしょう』と言われたり、だめ出しされることばかりでした。せっかく個展を開かせてもらったのにさっぱり売れなかったり。こう話すと苦労話のように聞こえるかもしれませんが、苦労してきた自覚はありません。好きなことをずっと続けて来られたから、自分は何て恵まれているんだろうと感謝しているんです」
「小泊さんのうつわ、いいですね」と褒めてもらえるようになったのは、ここ数年の話だ。
「誰もが通る道だけど、作ったものを批判されて、『次はこうしよう』と自分なりに修正して、という経験を重ねるうちに行くべき方向が見えてきた感じです」
作品を取り扱ってくれる店は着実に増えて、現在では全国約20カ所にのぼる。毎月のように個展を開き、10月には台湾で4度目となる展覧会を行う。
「自分のことながら、何が起きたんだろう、何か間違いでも起きたんじゃないかと、そんな心境です(笑)」
遠くから見ても分かる個性
まるで古代人か未来人からのメッセージのような、摩訶不思議な模様が意外性のある色づかいで描かれた小泊さんの作品。その個性をある人はこう評した。
「『君の作品は50メートル先から見ても分かるよ』と言ってくれた人がいました。『よし、次は100メートル先からでも分かると言われるように頑張ろう』とやる気を鼓舞されました」
理想とするのは、「自分で自分を驚かせられる」うつわだ。
「窯から出した瞬間に自分が一番驚きたいんです。新鮮な驚きを、作るたびに感じたい」
言葉の端々ににじむ、好きでたまらない陶芸への思い。それがいつか、100メートル先からでも見分けられる作品を生み出す原動力になるに違いない。
自宅に隣接する工房。昨年、自宅とあわせて大改修した。「以前は屋根が低かったせいで、暗くて狭くて夏場は暑い工房でした。屋根を上げてもらったので、光も風も入り、気持ち良く仕事ができます。設計した建築士さんに『いい工房にしてくれてありがとう』と何度もお礼を言っています」
あふれる緑に包まれた小泊邸。沖縄の古民家では珍しい入母屋(いりもや)風の屋根がキュートだ
もとからあった玄関前のれんが壁はリノベで壊さずに残した。左手に1畳半の茶室を新設。和と洋と琉のブレンド加減が絶妙な家に仕上がった
仏壇があった畳間の壁をぶち抜き、二つの部屋を一つの大空間に作り変えたリビングダイニングキッチン。高い天井と土間の向こうに広がる庭の景色が開放感を生んでいる。ダイニングテーブルは、以前仕事場で使っていた作業台。壁際の棚には、息子さんが作った皿や尊敬する陶芸家、故・國吉清尚さんの作品が飾られている
すぐ隣に暮らす敦子さんのご両親が野菜や果物を作っている裏の畑。豊かな住環境は、小泊さんの独創的な作品が生まれる土台になっている
住み心地はアップ、思い出は保存
小泊さんが一家4人で暮らすのは、妻、敦子さんの実家の敷地に建つ古民家。約30年前に首里から移築された築年数不詳の家は、造りが昔風で住みにくかったため、昨年、建築士の仲地正樹さんの力を借りて大幅にリノベーションした。
「この家を完全につぶして新築を建てることは考えませんでした。リノベのいいところは、見た目がガラッと変わっても、元の家の懐かしい記憶まではなくならないことだと思います」
玄関に土間をつくってほしいとお願いした以外は、基本的に仲地さんにデザインを一任した。「設計図ができてから、『ここはこうしてほしい、ああしてほしい』と意見するつもりでしたけど、何も言うことがないくらい、僕らのイメージをくみ取ってくれました」
庭に面した広々とした土間は、台風時には物置として活躍し、普段は室内と外との“つなぎ目”となる。「土間があるおかげで、家の中にいても庭とつながっている感覚を味わえます」。生まれ変わった家に、小泊さんは心から満足している様子だった。
文・写真 馬渕和香(ライター)
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1737号・2019年4月19日紙面から掲載