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2015年12月3日更新

[彩職賢美]フラワーデザイン講師の池間カツ子さん|フラワーデザイン 沖縄に広め51年

「暮らしに花を気軽に取り入れてほしい」と、51年前から講師としてフラワーデザインの普及に尽力してきた池間カツ子さん(77)。原点は、戦後荒野で見たヨメナ(野菊)。「人は植物無しでは生きられない」と、自然に寄り添い生きることを多くの生徒に伝え続けてきた。「心を豊かにする花を通して、少しでも平和に役立ちたい」と願う。

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花で心豊かに 平和願う

フラワーデザイン講師
欧風花インスティテュート理事

池間カツ子さん


26歳(1964年)で池間フラワー学院を設立。51年間、フラワーデザインに携わってきた。モンステラやオオタニワタリなど沖縄在来の植物を使った、大胆な作風が特徴だ。教える際は「生徒の感性を生かし、引き出す」ことを重視する。「アレンジは自由。生徒から学ぶことは多い」と話す。

多くの生徒を導き、花屋や講師として活躍する人材も育てた。生徒からは「豊富な知識や明るい人柄に魅了され、半年のつもりが20年以上続いた」という声が複数上がる。50年近くの長い付き合いの生徒も多い。

原点は、戦後見た野菊だ。食糧難の戦後、食べ物を求めて歩き回るも、力尽きて座り込んだ。その時、母が焼け野原に咲く野菊を見つけて「土は生きている」と言い、周辺にあったイモヅルを育てて自給自足した。当時7歳。生命力溢れる小さな野菊に、心を奪われた。「花は私に、生きる力を与えてくれた」。

大学時代に生け花を学んでいた池間さん。フラワーデザインとの出合いは偶然だった。結婚後、フラワーデザインの記事を読み、「ウエディングブーケの正式な作り方を学び、伝えたい」と、半年間東京へ。義母が子どもを預かり、夫はボーナスをすべて手渡し、全面的に応援してくれた。

東京のスクールを卒業後、教室を設立したもののフラワーデザインを知る人は無く生徒が集まらない。ウエディングブーケを扱う花屋や美容室を一軒一軒回り、ブーケ作りの講習会やミニファッションショーも開催。徐々に知名度が高まり、生徒数が増えていった。「認知まで30年。収入ゼロの時代もあったけど私には花しかない」と教室を続けた。

1990年、地方でも講師資格を取れるよう、県外の仲間と共に全国的なスクール組織「欧風花インスティテュート」を設立。自費で東京から講師を呼ぶなど、県内のフラワーデザインの普及や技術の向上に力を入れてきた。

仕事の一方、家庭では3人の子を育てた。次男がぜんそくになりかけ仕事を辞めるか悩んだこともあったが、義母のサポートを受け、教室の日程を減らして乗り切った。子育てが落ち着いた後、義母が寝たきりになり13年間在宅で介護をした。その間も、調整しながら教室は続けた。座右の銘は「継続は力なり」。

花への思いの根本には、自然への畏敬の念がある。「植物は命の原点。自然なしでは生きられない」と繰り返す。花を1本使ったら、2本、3本に増やして自然に返すことを心がけ、自宅で育てた植物を周囲の人にプレゼントしている。

花に携わり半世紀以上。技術を学ぶため、フランスやベルギーなど十カ国以上を回り、「花は国境を超えて心を和らげ、人と人を結ぶ」と実感。「世界中の戦争が無くなれば、国境の無い花のように、人も世界中を飛び回れる」と平和を願う。視線の先には、明るい未来が花開いている。




テーブルコーディネートを前に、池間さん=右から2番目=と生徒ら。池間さんは「ビルは建てられなかったけど、“人宝”ができた。何にも変えがたい」と笑顔

 

池間さんのパワーの種

Q.印象的なできごとは?

高校時代はバスケット部に所属し、沖縄で初めて国体に出場。初戦で終了ぎりぎりに1点差で逆転負けをし、その時から「最後の1秒まであきらめない」がモットーになりました。
費用面で一旦大学進学をあきらめたのですが、教育庁事務所で働きながら先生方に励まされて受験し合格。入学式に学長から「ほとんどの学生がアルバイトをしながら勉強をしている」と聞き奮起。アルバイトをしながら奨学金を受けて卒業しました。
 

Q.元気の源は?

家族です。仕事を続けられたのは、家族の協力があってこそ。夫は一番の理解者で、尊敬できる人。「やりたいことをやって欲しい」と、私のすることを常に応援してくれました。また、子どもたちを預かってくれた義母のおかげで、仕事を続けることができました。
孫が生まれた23年前から子や孫と週に1回わが家に集い、ご飯を食べています。現在は県外にいる孫もいますが、「ただいま」と帰ってきて、以前は義母、現在は夫にマッサージをしてくれます。そんな光景を見るのが、最高の幸せです。



PROFILE
池間カツ子(いけま・かつこ)1938年佐敷町(現南城市)出身。62年琉球大学家政学科卒業。64年7月東京のマミフラワーデザインスクール卒業。11月池間フラワー学院設立。93年から県花き園芸協会フラワーデザインコンテストの審査員を25年務める。現在、欧風花インステテュート理事。生け花インターナショナル会員。ナチュラルカラーリスト、ガーデンコーディネーター。



週刊ほーむぷらざ「彩職賢美」|輝く女性を応援!
今までの彩職賢美 一覧


撮影協力:ホテルロイヤルオリオン
撮影/比嘉秀明・編集/栄野川里奈子
『週刊ほーむぷらざ』彩職賢美<1195>
第1481号 2015年12月3日掲載

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この記事のキュレーター

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栄野川里奈子

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編集者
おいしいものに目がないガチマヤー(くいしんぼう)。2016年に国際中医薬膳師の資格をとりました。おいしく健康に!が日々のテーマ。

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