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2020年2月27日更新

コザのレストランで誕生|沖縄ぐるめ ルーツはどこ!?

Vol.11 Aランチ
トンカツやエビフライ、ハンバーグなどが皿に盛られた豪華なAランチ。発祥店はかつて沖縄市で営業していたニューヨークレストラン。1972年から閉店までオーナーを務めた徳富清次(とくとみせいじ)さんにAランチ誕生の経緯を聞いた。
案内人・伊東一洋(トラベローグ)

レストランだけでなく大衆食堂でもみかけるAランチ。AだけでなくB、Cと3種類あり、違いはおかずの量。おおざっぱにいうとAが最もおかずが多く料金も高い。またランチと名が付いているものの、営業時間中であれば朝でも夜でも食べられるというのもおもしろい。このAランチを最初に提供したのが、1951年に創業し2008年惜しまれつつ閉店したニューヨークレストランといわれている。

Cランチが最初!

「ニューヨークレストランは、沖縄市照屋で私の叔父が経営していたお店です。私の父(徳富清助さん)は、そこで働いていましたが1951年にのれん分けしてもらい、BC通り(現・中央パークアベニュー)に同名のレストランをオープンさせました」と話す徳富さんに、Aランチはいつできたのか尋ねてみた。

「実は最初にできたのはCランチなんですよ! 1956年頃ですね」。Aランチの取材をしている私は面食らってしまった。まさかCランチが先だとは。そんな私を横目に徳富さんは「当初はランチという名前でCはついてなかったですけどね」と続ける。

ランチができたいきさつをまとめるとこうだ。当初はアメリカ人の利用が多かったが経済的に豊かになるにつれ沖縄の人も利用するようになってきた。とはいってもステーキなど高額なメニューはなかなかオーダーできないので比較的安く食べられるものをと作ったのがランチ(後のCランチ)というわけだ。


Aランチ誕生はオリンピックの頃

「当時はライスやサラダの他に、トンカツとソーセージもしくは卵焼きがのっていました。今の価格だと500円くらいかな。庶民価格だったのでうちのランチを食べて育ったという人も多いですよ」とうれしそうに話す徳富さん。以降、経済的に裕福になるにつれ、「ランチ」にハンバーグやエビフライなどを加え、そこで初めてA、B、Cと名が付いたという。

「Aランチができたのは東京オリンピックが開催された頃だから1964年ですね」。くしくも2020年は東京オリンピックが開催される。今年はこれまで以上に3種のランチを食べ歩いてみようと心に誓うのだった。
 
1960年頃のBC通り。現在とまったく異なる風景に驚く。資料提供:徳富清次さん
 
「タコスやタコライスなど洋食についても詳しい徳富清次さん
 
営業当時のメニュー。A、B、Cランチの写真がある
 

ステーキハウスでもランチは人気

ステーキで有名なジャッキーステーキハウスでも3種のランチを提供している。実はここも「ニューヨークレストラン」からの、のれん分け店で、1953年に嘉手納町でオープン。61年に那覇市辻へ、2001年に現在地へと移転した。「いちばん人気はCランチ。安くてボリュームがあるので昔から学生さんがよくオーダーしていました」と代表の伊波よし子さん(65)。今でも学生に人気があるため、先の増税でもCランチは値上げせず500円に据え置いたという。

学生時代に頻繁にCランチを食べていた常連客が大人になって訪ねてきたり、風邪気味の夫のためにCランチをわざわざ買いに来た奥さんの話などエピソードに事欠かないことからも、いかに庶民に愛されているかうかがい知れる。
 
Aランチ1150円はおかずが6種類。ライス、スープ、サラダは別皿

「Bランチ900円はおかずが5種類でライスなどは別皿
 
Cランチ500円はトンカツ、ハンバーグ、サラダ、ライスが一皿に。スープのみ別皿
 
1961年当時のメニューを持つ専務の長田就高さんと2代目社長の伊波よし子さん

 
[店舗情報]
ジャッキーステーキハウス
沖縄県那覇市西1-7-3(地図
098‐868‐2408
11時30分~翌1時LO
第2、4水曜休
P20台



こぼれ話
徳富さんの話を聞くうちに「沖縄の洋食文化はコザにあり!」と思うようになりました!



いとう・かずひろ/北九州市出身。雑誌編集に携わり県内各地に出没。食べ歩きがライフワーク。大の猫好きでwebサイト「おきなわにゃんこビレッジ」も運営

毎週木曜日発行・週刊ほ〜むぷらざ
「第1700号 2020年2月27日紙面から掲載」

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