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新城和博

2022年6月21日更新

狭小地にバナナは揺れていたか|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.96|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

なじみのパン屋さんでサンドイッチ用のカンパーニュとトースト用のふすまパンを買った。店舗のすぐ横が駐車スペースになっている。いつもはすぐに車に乗り込み家路を急ぐのだが、今日はそのスペースの横の、すこしだけ奥まった空き地に立派なバナナの木がしげっているのに気がついた。四方を建物が囲む狭小地で、四角く区切られたその空き地に、思いがけず堂々たる存在感を醸し出しているバナナの木に、なぜかしら惹(ひ)かれるものがあった。実がたわわになっているのがわかる。まるでパパイアのようだ。

パン屋と隣の建物の間に人がひとり通れるほどの通路があった。敷地内とも私道ともいえそうなあいまいな境界線を12歩ほど歩いた突き当たりに、5段ほどのコンクリート階段があり、そこを上るとバナナの木と対面できた。ちゃんと階段があるということは、だれかの敷地なのだろう。小さな石巌當(いしがんとう)もあった。



小さく区切られたその場所は、だれかが世話しているアタイグヮー(敷地内の小さな畑)かとも思ったが、そのバナナの風情は、いわゆるナンクルミーであった。つまり勝手に生えてきた実である。どこかしら堂々としたたたずまいは、だれにも気づかれないその場所の主のようでもあった。

那覇のあちこちの思いがけない空き地にバナナやパパイアが見事になっていることがある。誰かが手をかけているのか、いないのか、ほったらかしにされているのか、収穫されるのか。いずれにせよ、コンクリートとアスファルトだらけのこの街で、狭小地だからこそ手がつけられていない地面から屹立(きつりつ)しているバナナやパパイアの存在を発見すると、なぜだか得した気分になる。じっくり鑑賞したあと、あらためてこの狭小地はどうやってできたのだろうと考える。まわりから建物ができていくうちに、なんとなくできた余白だろうか……まっ、いいか。その日はアイフォンで植物採集するかのごとくバナナの木を撮影して帰った。



1週間後、いやもうすこしたったあとか、いつものパンを仕事帰りに買いに来た。スライスしてもらった商品を受け取りながら、店主とゆんたくする。昔は「ゆんたくはダンパチヤー(理髪店)で」だったが、いまはパン屋なのである。

すぐうしろの空き地にバナナの木があるでしょう、あれは誰かの畑かなんか?「ああ、なってるよね。あれは切ってもいつのまにかすぐ生えるんだよね」。店主によると、実はそこは数年前まで小さなトゥータンーヤー(トタン屋根の家)があって、そこに朝から酒くゎってる(お酒をしたたか飲んでしまう)おじいがひとりで住んでいたそうだ。同じく酒じょーぐー(酒上戸)の近所のおじいたちがよく集まって飲んでいたという。そうか、あの階段はお家に上がるためのものだったんだ。石巌當もお家があった痕跡だったのだ。

そんなに朝からしっちー飲んでいたら、体に悪いさーね。やっぱり、そうなんじゃないか、ある日、亡くなったわけよ。しばらくして、家も取り壊されたんだけど、そのままほったらかしにされてはいた。で、気づいたらいつのまにか草ぼーぼーになった屋敷あとに、いつのまにかあのバナナの木が生えていたわけよ。

もともとこの一帯は畑だったそうで、あの小さな階段にいたる私道めいた道は、行政的にはいまでも農道扱いだそうだ。戦後のどさくさにまぎれて農道に建てられたお家も、数年たってしまえば居住権が認められて、土地の所有権は行政もあいまいなままだったという(このあたりの話も真偽はあやふやだけど)。



しかし、あんなに小さい場所にどんなお家が建てられたというのだろう。でもぼくが小さい頃の那覇のすーじ小のおうちは、どこもかしこもそんな感じだった気もする。小さな高低差の隙間に建てられたお家は、特に珍しいものじゃなかったな。そういう狭小住宅は戦後の那覇の記憶を刻印しているのだ。

帰宅途中の車のなかで、ぼくは、朝から集まり酒を飲み続けていたおじいたちのことを想像する。あの階段を酔っぱらいつつのぼり、どんな話をしていたのだろうか。もう誰も知らない。ただそこにそんなことがあったということを、静かに揺らめいているバナナの葉のささやきがぼくに教えてくれた(正確にはパン屋店主がだが)。

あのバナナの木の下で、そのおじいは今も朝から酒くゎっているかもしれないなぁ。
 

新城和博

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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