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新城和博

2021年8月12日更新

夢見る泉崎の無人本屋さん|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.86|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

夢見る泉崎の無人本屋さん

 
本棚を見るとついチェックしてしまう。図書館や本屋さんの棚は当然だけど、ふと入った喫茶店とか、病院や役所の待合室とか、そういうところについでにあるような本棚を見るのが好きなのだ。那覇市支所の待合席でみつけた年季の入った森村桂の『天国に一番近い島』のように、「こんなところに、なぜかこんな本がある」という組み合わせを見付けたら、がぜん興奮します。この本たちはどのような旅路のはてに、印鑑証明を待っているぼくの目にとまったのか。想像しているだけで待ち時間はあっという間。だいたいは背表紙を眺めるだけで十分なのですが、数年前、母親の手術の間に読んでしまったのは、控室にあった南沙織のエッセー『二十歳ばなれ 素顔のままで、恋をしたい』。年季の入った、40年ほど前のアイドルのエッセー本が、なぜいまここにあるのか。この本と南沙織さんが過ごしてきた月日を思い、とてもおもしろい内容だったこともあって、今でも忘れられません。

つまり、こんなところになぜ? という気持ちにさせてくれるのがいいのです。

この夏のこと。炎天下、所用のため那覇泉崎かいわいを歩いていたら、なぜかしら呼ばれているような気がして(これホント)、目的の道とは違う街角をひょいっと曲がったのです。すると目に入ったのが「無人販売」の看板。これか、ぼくを呼んでいたのは。そろりそろりとその建物の前にいくと、事務所らしき入り口の前に本の棚がありました。こんなところになぜ? どうやら本の無人販売らしい。これはなかなか珍しい。無人本屋さんだ。
 


単行本、文庫、ジャンルとわず、おかれるがままにさまざまな本がある。「不要な本はここへ」という張り紙もあるし、リサイクルに出された本だと思うけど、こういう中にも掘り出しものはあるもので、じっと端から眺める。どれでも「50円」もくしは「100円」とある。おっ『ワイルド・スワン』上下巻だ、なんて見てたら、入り口の窓ガラスの向こうからこちらをうかがうおばぁちゃんと目が合った。会釈したら、入り口をあけて、「中にもあるよー」と手招きするではないか。無人じゃないじゃん。と思いつつ、おもしろい話が聞けそうなので、社会的距離をとり不燃布マスクごしの笑顔をしてお邪魔した。

中はすこし雑多な事務所という感じで、打ち合わせ机の横、書類がしまわれていそうな棚の下、手の届かない引き出しの斜め横と、いろいろな隙間に本が置かれている。はさまれている。そうか、外に置かれているものが「50円」で、中に置かれているものが「100円」なのか。パッケージされたままの電機部品の棚もある。

本を選びながらゆたんく。もともとは電気屋さんだったらしい。しかしこのご時世、街角の電気屋さんの需要がなくなりどうしたもんかと思って、近所の人たちの集まるサロンとして開放することにしたらしい。いわく「100円でお茶と読書ざんまい」、その名も「ドリームサロン泉崎」。なるほど、那覇市社協のいきいきふれあいサロンなんだ。


 
高齢化したご近所さんのなかで、断捨離するときに本の処分に困っている人が何人もいた。もともと読書好きだったというおばぁちゃんは、あずかった本も読めるしということで、捨てるに捨てられない本たちを引き受けることにしたのだそうだ。ただ処分するのではなくて、サロンでもいろいろ活用できるということで、一石二鳥か三鳥なのだ。

「本はいいよー。ゲームばかりしている孫たちにも漫画でもいいから、本に興味持ってもらいたい」。そう、そう。本がそこにある、その雰囲気だけでもいいと思うんだよね。

しずかにドリームサロン泉崎のおばちゃんと意気投合し、斉藤美奈子、小川洋子などの文庫本をゲットして、なんだかとてもいい気分になって泉崎の曲がり角を後にしたのでした。那覇の街角に本棚が増えますように。

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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