バス停でバスを待っている間の出来事 |新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2021年6月7日更新

バス停でバスを待っている間の出来事 |新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.84|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。


【沖縄・まちあるきコラム】バス停でバスを待っている間の出来事 


5月のとある日。沖縄県立図書館に数時間こもって調べごとをするために、事務所のある寄宮近辺のバス停でバスを待っていた。バス停でバスを待つ。とても自然なこと。バス専用アプリを確認するが、接近情報はない。しばらく待たなくてはいけない。読みかけの文庫を取り出す。……主人公の自転車のブレーキが利かないために、彼女は世界一周の船に乗ることを決意する……。ふと顔をあげると、屋根付きのバス停の、柱に寄り添うようにして小さな丸椅子が置かれている。沖縄のバス停では、ときおりどこかの誰かが持ってきたであろう中古ソファや椅子が置かれていることがある。最初から設置されているベンチの公共性とは違って、どこかしらパーソナルな雰囲気を漂わすバス停ソファのある風景。ぼくは嫌いじゃない。



丸椅子は「ちょこん」という言葉本来の響きで寄宮近所のバス停にたたずんでいた。だれが持ってきたんだろう。ページをめくる手が止まりいろいろ妄想が浮かぶ。バスはまだ来る気配はないとアプリは教えてくれる。再び、世界一周の旅を思いついた彼女の物語に没入する……。しばらくして、静かな人の気配を感じて顔をあげると、あの丸椅子におじさんが「ちょこん」と座っていた。道路に背を向けて小さい体を少ししんどそうに丸めて虚空を見つめている。バスを待つのだろうか。気になりつつも、再び文庫のページをめくろうとしたら、おじさんはゆっくりゆっくり立ち上がった。そして歩き出した。スロー、スロー、ゆっくり、ゆっくり。おじさんは一歩一歩進んでいく。どこへ行くのだろう。というか、どこかお体が悪いのだろうか……もしかして、これはリハビリを兼ねたおじさんの散歩なのではないかと思いつく。姿勢はふらついているわけではないのだ。おじさんの健康と安全を自分なりに納得したので、読書再開。

午前中のバスはなかなかやってこない。文庫のなかの彼女は日々の仕事のつらさは全て世界一周の旅の費用のためだとがまんすることにした……けっこう読み進んでしまったので、接近情報を見ようと顔をあげたら、おじさんはまだほんのすぐ先に立っていた。ぜんぜん進んでいない。3歩歩いては立ち止まり、あらぬ方向を凝視して、また歩きだす。スロー、スロー、ゆっくり、ゆっくり。その動きは南米大陸に生息する愛らしい動物「ナマケモノ」のようだ。どうでもいいけど「ナマケモノ」って名付けひどくない? おじさんはなまけていない。目指すべきコースがあるのだ。世界一周を目指す彼女のように、きっと。

そしてついにぼくはおじさんの目指しているゴールを見た。学校の校門前のパラソル弁当屋さんだ。そうか、お昼の弁当を買いにきたんだ。バス停の丸椅子からぼくだったら歩いて30秒もしないところを、10分以上かけておじさんはたどり着いたのだ。その道のりに思いをはせてなんか感動してしまった。何げない街角の日々にこんなドラマが展開されていたなんて。

おじさんは再び来た道を戻りはじめた。そしてバス停の丸椅子までたどり着くとおじさんは再び「ちょこん」と座った。一休みという言葉はあなたのためにある。丸椅子はそのためにあったのだ。けしてバスを待つためじゃなかったんだ。よくわからないけれど、いろいろ感動した。これまでおじさんの歩んできた人生が走馬灯のようにぼくの頭のなかでぐるぐると回った。そんなことはお構いなしに、おじさんは丸椅子から立ち上がると、再び歩き出した。次の曲がり角まではバス停からお弁当屋さんの距離の3倍はある。いったどれほどの時間がかかるのだろう。その悠久の時を思い、ぼくは軽くめまいがした。

そしてバスまだこなかった。まるで「ゴトーを待ちながら」の登場人物のような気持ちになったぼくは、ついにおそるおそるあの丸椅子に腰掛けてみた。おーっ。なにかうまくいえない感慨がある。おじさんはどんな気持ちでここに「ちょこん」と座っているのだろうか。振り返ると、すこしだけ遠くに、おじさんはまだいた。考えてみると、バスを待っているだけのぼくよりも、たくさんたくさん歩いていたのだ。
 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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