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新城和博

2020年10月6日更新

台風の前の日、門は開かれていた~ 首里城ジョギング台風編~|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.76|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

台風の前の日、門は開かれていた
~首里城ジョギング台風編~


台風が来るごとに秋が深まる気がする。

島に近づくその前に、こっそりと散歩したり、ジョギングしたのは、雲の流れがみたいから。首里はご存じのように高台にあるため、空が近く感じる。たかだか標高100メートルほどだが、それでも海の側、かつての低湿地帯だった那覇の市街地との高低差のコントラストで雲も近く感じるのだ。

 
▲台風の雲が流れていきます

超強力な台風といわれた10号の時も、沖縄へ接近する前の夕方、ちょっとだけ首里城の中をジョギングした。まだ警報は出てなく、台風前の風、という雰囲気はあったが、雨が降ってなかったから、ちょうどいい案配だったのだ。それで首里城の周りでも走るか、という気持ちになった。

台風前だから、首里城もてっきり閉まっているものだと思っていた。

ところが文字通り門は開かれていた。というか、いつもは閉じられているところの門も開かれていたのだ。


▲台風対策

どいういうことかというと、どうやら風対策らしい。つまり、あまりにも強い風の場合、門自体に被害が及ぶかもしれない。開けておいて風を抜けさせるのだろう。なるほどねぇ。

感心しながら、台風前夜、というか夕方の風の中、台風対策された首里城を走り抜けた。 沖縄県の発令した新型コロナの非常事態宣言がそろそろ解除される予定ではあるが、まだ有料地域の入場はできなかった。さすがに客の姿はほとんどない。でも係の方は各門の番をしていて、入れますかと聞くと、マスク越しにどうぞとうなずいてくれた。

いつものように無料地域をすたすた走りながら、ここに人が住んでいたとき、実際どんな台風対策したんだろうなと想像した。その時も門は開け放たれていたのだろうか……。


▲守礼門の前に葉っぱが集まってきた   ▲この小道が好きなのです

西のアザナまで行き、そのまま木挽門(こびきもん)から城外へ出て、葉っぱが飛び交い始めた守礼門、園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)石門の方へ抜けると、ちょうど那覇の防災無線のアナウンスがエコーしながら聞こえてきた。「こちらは  防災那覇 です。 ○○警報が  出ました」(すいません、文言は正確ではありません)。独特の間で、台風の到来を告げた。首里城界わいで聞くと、いつもより臨場感が増す。

うりひゃ、あわてて、ジョギングの速度をこころもち上げて、家路へ急いだのだった。 

 
今年の9月は、いつにもまして、首里から空を眺めていた。雲の流れ、夕焼けの具合、月の輝き具合を確かめる。遠く旅ができないぶん、海の向こう、空の遠くに思いをはせたかったのかもしれない。

何度もやってくる台風の風で、新型コロナも吹き飛ばしたらいいのになぁ。


▲首里城から、良い天気の日に空を見る

 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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