コロナ禍のオードブル文化考序説|新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2020年9月4日更新

コロナ禍のオードブル文化考序説|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.75|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

コロナ禍のオードブル文化考序説
 
 全国的には残暑とよべない猛暑が続いていて、ここ数年の7月と8月は沖縄の方が日中気温が低いという気候がもはや当たり前になった感がある。そんななか、緊急事態宣言継続と旧盆と台風がいっぺんにやってきた沖縄のエンドレス・サマーならぬコロナズ・サマー。どう過ごしたのか記録することは、のちのちに大切になるからと思いつつ、台風の日は停電・断水さえなければ、つい昼間からビール飲んだりしてしまうのは一緒なのだ。しかし親戚まわりは自粛、ウンケーはバス運休とともに午後3時からでもいいんじゃない、ウークイも集まれないのであればネット活用のリモートで、エイサーはPAから流れる音だけの道ジュネ―でと、多彩な対応をみせるウチナーンチュの姿は、今後の沖縄における新しい生活様式につながるものとして記憶に焼き付けた。スーパーは、お盆と台風とコロナ自粛の買い出しでごった返していたらしいけど、牧志の市場界わいはかなり静かで、商店街通りは旧盆休みかコロナ休業かわからないシャッター通りとなっていた。それでも時短営業していた餅屋さんはウークイのお供えのお餅の予約はいっぱいだった(最近お供えのお餅っておいしくなっているらしいですよ)。


 
 さて話は去年の続きである。この連載で去年のお盆の考察として「オードブル・ウークイ供え物じょーとーやさ」仮説を立てたことを憶えているだろうか。詳しくはリンクを読んでいただけるとありがたいが、要するに21世紀の沖縄の行事、特にお盆において、スーパーなどで売られているオードブルと呼ばれるアレが、供え物の重箱セットなどと同じような地位を占めるようになった……という、まぁいいんじゃないのそういう話題も、という内容であった。

 今年はウークイに集まる人も少ないので、オードブルは量は少なめだけどおいしいものにしたいよね、ということで、初めてのお店で旧盆用オードブルを注文してみた。スーパーやお弁当やさんではなく、こじゃれたカフェというかレストランのオードブルなのだ。



 新型コロナウイルス禍において苦しい状況にある飲食店がデリバリーに力を入れだしたのはご存じのことだろう。その洋食レストランのデリバリーがおいしかったので、お盆のオードブルも頼んでみたのだ。県産の食材にこだわって、野菜から肉からフルーツまで全てオール沖縄のようで、ソースがおいしい。そしてなんといっても揚げ物率が少ないのである。値段もお手頃で、少人数で行ったウークイのウサンデーも大満足であった。

 そのオードブルのお品書きをみながらいろいろ話していたら、最近のオードブル事情について面白い話を聞いた。これまで揚げ物主体のオードブルに、子どもたちも飽きてきて、「お母さんが、オードブルつくって」とリクエストするようになった、というのだ。



 行事の料理はかつて当たり前だがみんな手作りだった。それが生活様式の変化、食の多様性を背景に三枚肉、カマブク、クーブなどの「ザ・旧盆・オールスターズ」の重箱料理のウサンデーがあまりご馳走として喜ばれなくなった。そこに登場したのがオードブルの行事食文化への侵入である。最初はウサンデーの補助としてそばにあったのが、やがて主役の座を脅かすようになり、仏壇の供え物の一角を占めるようになった。しかし生まれた時から家庭にオードブルが並べられていた世代が、その揚げ物主体のオードブルに飽きてきて、原点回帰の重箱料理のウサンデーにもどるかと思いきや、「手作りのオードブル」という、いろいろ一回りして第3コーナーをまわった感じの嗜好が生まれたのである……。

 ぼくには聞こえる。台所でお盆中ずっと天ぷらを揚げている女性たちの叫びが。オードブルまで手作りしてどーする、天ぷらかめー!
 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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