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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

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彩職賢美

2019年8月8日更新

[彩職賢美]写真家の石川真生さん|燃える島沖縄を撮る

復帰前年の1971年、基地を全面撤去して返還せよ、という大きなデモがあった。人が58号線を埋め尽くす。18歳で参加していた私の目の前で、機動隊員がデモ隊から投げられた火炎瓶で死んだ。私は、泣いて泣いて逃げた。その時、「燃える島沖縄を撮ろう。そうだ私は写真家になるんだ」と決めた。


2018年の「大琉球写真絵巻」から。米軍ヘリの部品が見つかった緑ケ丘保育園の庭で撮影された。張りぼての米軍ヘリと保護者、子どもたち(C)石川真生
 

沖縄の歴史を写真絵巻で表現

写真家
石川真生 
さん

悲惨なことも面白く 写真でたっぴらかす

「空も海も撮らない。沖縄に関わる人と生きざまを撮ってきた」と石川真生さん(66)。

米兵、自衛隊員、バーで働くフィリピン人、ヘリ基地建設に揺れる辺野古、沖縄芝居の役者。写真家になって46年、さまざまな人を撮ってきた。「人に向き合う時は、どストレート、ホットによ。辺野古でも基地容認派の人に『何で容認するんですか、こんなにきれいな海を』って言って話を聞いた。地域の賛成、反対じゃなく、住む人がどっちを選び、どんな人生を選ぶのかに興味があった」

最初は容認派の人に「帰れ!」と怒鳴られたことも。内心びびりながらも、「まぁまぁ」と入っていく。「怖い時ほどニコニコする癖があってさ。悟られたら負けだから。この人、と思ったらしつこく通うからよ」。徐々に打ち解けて一緒にご飯を食べるようになった。「信条や組織ではなく、一人一人を見る」

30歳、写真一本で生きていこうと決めた。生活が苦しい時は、友人に借金やカンパをしてもらってしのいだ。写真が売れるようになったのは、60歳を超えてからだ。それでも「違う仕事をしようとか、写真をやめようと思ったことはない。他にやりたいことはないもの」

1953年、米軍支配下にあった沖縄に生まれた。「記憶にある最初のニュースが、幼女が米兵にレイプされて殺された事件。その後も事件事故は続いた。何でこんなに理不尽なことが起きるんだろう。米軍って、日本って何だと怒っていた」

高校で写真部に入ったのは、友人に誘われたから。ストを機に本格的に始めたら「性に合っていた。時間をかけて相手と仲良くなって撮るのがね。撮る瞬間だけじゃなくて、おしゃべりするのも大事な時間」。

米兵を撮るために外人バーで働き、仲田幸子さんにほれ込んで一座について回り、辺野古に住んで取材・撮影した。対象に飛び込んで撮る石川さんの写真には、飾らない素の顔が写っている。「悪魔と天使が同居しているのが人。人の人生ほど刺激的なことは無い。相手に何かをあげて、もらう。それを交換するのが、人と出会うということでしょ。数え切れない人と出会ってきたから、私の人生は豊かだよ」


2014年から毎年続けている「大琉球写真絵巻」は今年で6回目を迎える。きっかけは2012年に第二次安倍内閣が発足し、オスプレイの配備や普天間基地の辺野古移設推進が決まったことだった。「何で沖縄がこんなにいじめられるのか。ワジッて写真で表現したい。琉球国時代からの歴史を見てみようと」。びょうぶ絵から、大きな写真絵巻を思い付いた。1メートル×30メートルの写真用の布に写真をプリントして展示する。

薩摩藩の琉球侵攻から基地問題まで、「歴史を基に、想像力たくましくボランティアの出演者に再現してもらう創作写真。自分の島の物語を創るって、どんなに面白いから」。中には、ユーモアを交えて政権を風刺する写真も交ざる。「悲惨なことも面白く、がモットー。か弱い私でも、写真ではたっぴらかす(打ち負かす)ことができるさ」と笑う。

見た人からは「歴史の中に入ったみたい」「沖縄の歴史を知らなかった」という声が届く。「年輩の人が『くりやさ(こうだった)』って言うのを、左右の人が聞いている。ゆんたくしながら見てほしい」

エネルギッシュに活動を続ける中、2年前にステージ4のがんが見つかり手術をした。がんが見つかったのは3度目だ。入院中、写真絵巻のキャプション作りに没頭し、手術直前に完成させた。「看護師に『眠いので眠ります。後はよろしく』と言ってさ。目が覚めて、『あれ、生きている』って。仕事のおかげで、余計なことを考える暇が無かった」

がんになっても「好きなことばかりしてきたから、何も変わらない」と石川さん「いろんな手術をして体はボロボロ。でも気力はあるから、体力がある限り撮り続ける。腕は前より上がらなくなったし、痛みもある。しに重いカメラを持ってガタガターするけど、撮るときはピタッとやむ。カメラを持てなかったら死んでいたかもしれないけれど、持てるからいいわけよ」。湧き出るエネルギーの源は写真だ。


大琉球写真絵巻2019

8月13日(火)~18日(日)午前10時~午後7時(最終日は5時まで)、那覇市民ギャラリーで「大琉球写真絵巻2019」を開催。入場料1000円。高校生以下無料。毎日午後2時より石川真生さんのギャラリートークがある。

 

写真絵巻は出演者とのコラボレーション。怒りや皮肉を込めて、ストレートに表現できるのが面白い。だんだん沖縄の歴史が見えてくる。



プロフィル
いしかわ・まお

1953年大宜味村生まれ。69年高校入学、写真クラブに入る。71年ゼネストで写真家になることを決める。75年米兵の写真を撮るために外人バーで働く。91年沖縄の自衛隊の取材を始める。96年名護市辺野古で取材開始。2000年、01年にがんの手術。14年「大琉球写真絵巻」開始。17年に3度目のがんの手術。19年日本写真協会賞作家賞受賞。「沖縄ソウル」「FENCES,OKINAWA」「赤花 アカバナー、沖縄の女」など、著書多数。私生活では娘一人、孫4人。

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撮影/比嘉秀明 文/栄野川里奈子
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1341>
第1671号 2019年8月8日掲載

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栄野川里奈子

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編集者
おいしいものに目がないガチマヤー(くいしんぼう)。2016年に国際中医薬膳師の資格をとりました。おいしく健康に!が日々のテーマ。

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