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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

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2015年9月3日更新

[彩職賢美]首里織作家の祝嶺恭子さん|織物探求し55年 後進育て未来へ

東京で沖縄の織物に出合い、半世紀以上。祝嶺恭子さん(78)は、「沖縄の染め織りは、技法は細かく発想が大胆。豊かな文化を残したい」という思いに突き動かされて、深く織物に関わってきた。首里織の織り手、指導者、研究者として活躍。今も毎日、制作や研究に励む。人を育て、技術をつなぎ、継承に力を注いでいる。


 

伝統工芸の誇り支えに

県指定無形文化財「本場首里の織物」技能保持者
指導者、首里織作家
沖縄県立芸術大学名誉教授

祝嶺 恭子さん


「実は引っ込み思案で、人と話すことも苦手だった」と祝嶺さん。長年高校や芸術大学で後継者を育て、組合や研究所の設立にも関わるなど、活動的な経歴からは想像できない言葉だ。

織物との出合いは、偶然だった。デザインを学ぼうと東京の美術大学へ。そこで、迫力ある沖縄の工芸に心を奪われた。「東京の人が紅型や絣を勉強していて、沖縄人の私が学ばないとと思った」。

その後「見えない糸に導かれるように」、織物に深く関わっていく。

当時、太平洋戦争で消滅しかかった工芸の復興を目指す気運が高まっていて、大学卒業後すぐに首里高校染織科の教師に請われる。当初断るも、周囲の熱意に押され、引き受けることに。何度も辞めようと思ったが、大学で師事した柳悦孝教授の「沖縄のいいものを残しなさい」という言葉に引き止められた。

織物には、図案、染色、織りなどさまざまな工程があり、沖縄ではすべて織り手がすることが多い。教師をしながら、「知っていないと教えられない」と、八重山や宮古など県内各地をつぶさに見て回り、伝統織物を調査、研究。「水や植物など各地の風土に根差して色を染め上げ、特産品が生み出されている。色の組み合わせや図柄など、センスにも脱帽した」と、魅了された。



再現した反物を手にする祝嶺さん。「昔の技術は凄い。以前は生活品を作っていたけれど、再現から学ぶことが大きかった」。再現はライフワークの一つとなった


当時、女性が外で働くのは珍しい時代。「家のことをきちんとやった上で、ようやく働けた」。4人の息子と義父母を抱え、睡眠時間を削り、仕事と家庭を両立させてきた。

大きな転機は、55歳。海外での研究の機会に恵まれる。子育てが一段落し義母の三年忌が終わった年、国の研究員としてドイツへ派遣されたのだ。募集年齢は超えていたが「今だからこそ、できる」との思いを書面で訴え、認められた。

戦争などで多くが失われた沖縄の織物。祝嶺さんは、ベルリン国立民族学博物館に保存された琉球王朝時代の染織117点を調査。拡大鏡をのぞいて糸の本数を数え、染色を研究、図案に書き起こした。20年後、75歳でドイツへ行き再調査。翌年、報告書にまとめあげた。緻密な作業を支えたのは「技術を現代に生かせるよう、誰にでも織れるようにしたい」との思いだ。

研究を深め、昔の織物の再現も始めた。「改めて沖縄の染物、織物の素晴らしさを実感した。技法は細かく発想が大胆。知るほど、新たな発見がある」と感嘆する。伝統技術を取り入れた作品は高く評価され、数々の賞を受賞した。

織物に出合い55年。「沖縄に伝統工芸という誇れるものがあることが、私を強くした」。 芸大を退官後、自宅に研究所を設立。今も毎日制作や研究に打ち込み、非常勤で芸大の教壇にも立つ。県内外での講演など、普及活動にも力を入れる。 
 一本一本、糸を積み重ねることで、大らかで優雅な模様が生まれる。織物に、祝嶺さんのエネルギーがあふれている。


 

祝嶺さんのパワーの種

Q.モットーはありますか?

「何でも、やってみないと分からない」です。きっかけは25歳に米軍婦人部に依頼され、目の不自由な方に織物を教えたこと(写真)。


1962年。女性に教える祝嶺さん(中央奥)。写真提供/祝嶺さん


最初は「難しい」と断ったのですが、「やってないのに無理だと分かるのか」と言われたんです。サポートをしたら、目の不自由な方たちが1日でラグマットを織り上げて。みなさん、明るかったですね。
私はゼロの状態から立ち上げる仕事が多く、ドイツへ行くのも不安な気持ちもあったのですが、この体験がその後の自分を強くしています。

2015年9月8日〜13日展示会「国展−技の極み−」
9月8日(火)〜13日(日)午前10時〜午後6時、国展会員や入選者らの作品展示会が開かれる(国画会工芸部沖縄支部主催)。祝嶺さんも出展。場所はタイムスギャラリー(沖縄県那覇市久茂地2−2−2 タイムスビル2階)。入場無料。



PROFILE
祝嶺恭子(しゅくみね・きょうこ)1937年那覇市出身。62年女子美術大学芸術学部美術学科工芸科卒業。62年首里高等学校勤務。76年那覇伝統織物事業協同組合設立、専務理事に就任。77年第1回伝統的工芸品展で内閣総理大臣賞受賞。86年県立芸術大学勤務。92年文部省在外研究員としてドイツ海外研修。2003年祝嶺染織研究所開設。04年第24回伝統文化ポーラ賞受賞。沖展会員、国展会員。




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撮影/高野生優(フォトアートたかの)・編集/栄野川里奈子
『週刊ほーむぷらざ』彩職賢美<1183>
第1468号 2015年9月3日掲載

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編集者
おいしいものに目がないガチマヤー(くいしんぼう)。2016年に国際中医薬膳師の資格をとりました。おいしく健康に!が日々のテーマ。

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