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彩職賢美|沖縄の輝く女性にインタビュー

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彩職賢美

2015年10月1日更新

[彩職賢美]ジャズシンガーの与世山澄子さん|歌と共に半世紀 変わらぬ愛込め

沖縄のジャズ界を先導してきたシンガー、与世山澄子さん(75)。若干16歳で米軍基地内のステージでデビュー。大人顔負けの歌唱力で、国籍問わず観客を魅了してきた。以後半世紀にわたり、ごまかしのきかない実力勝負の世界で己を高めながら、今なお第一線を走り続ける。その原点にあるのは「歌うことが好き」という純粋さ、そして感謝を込めた「愛」だ。


 

甘んじることなく自分を磨く

ジャズ歌い、ステージに立ち続ける
ジャズシンガー

与世山 澄子さん


那覇市安里のミュージックラウンジ「インタリュード」。午後9時半。ピアニストが鍵盤をたたく音が聞こえ、マイクを握った瞬間、ジャズシンガー「与世山澄子」に変わる。全身から奏でられる往年のジャズの名曲。その歌声は聴くもの誰をも魅了する。

「私は歌うことがなによりも好き」とほほ笑む。歌への思いは純粋で誰よりも強い。それは、米軍基地内で歌っていたころから変わらない。

与世山さんは若干16歳で米軍基地内のステージに立った。小学生の時、通っていた音楽教室の教師が出演する基地内のステージに遊びに行ったことが始まり。「当時は敗戦後の貧しい時代。物が豊かなフェンスの内側は憧れだった」と目を細める。音楽の先輩たちが上る華やかなステージは歌が好きな与世山さんを魅了した。レッスンを続け高校入学と同時にその道に進んだ。

ただ、観客は甘くは無かった。「発音でも気持ちの込め方でも認められなきゃ聴いてくれない。ブーイングなんて日常茶飯事。大人も子どもも無い、実力の世界」だった。

与世山さんは、練習に明け暮れた。恋より音楽。レコードを繰り返し聴き、曲も発音も耳から覚えた。独学で英語を学び、曲の意味を理解し、気持ちを込め歌った。持ち前の歌唱力と努力が実り、徐々に認められるようになり、高校卒業と同時にプロのジャズシンガーになった。

海外での仕事に誘われたこともあったが断ってきた。「私は勉強している身。海外なんて早かった。それに沖縄の方がゆっくり歌える」とはにかむ。



JAZZ IN NANJOのステージで、ピアニストの香村英史さん=写真左=、ベースの西川勲さん=写真右=らと共演する与世山さん=写真中央=(編集部撮影)


28歳で結婚。夫はサックス奏者の我那覇文正さん。「夫婦といえどステージに立ったらプロ同士。いつも切磋琢磨してきた」と笑う。長男を出産後、3カ月でステージに復帰。夫や同居する夫の両親も育児に協力的だった。しかし、沖縄の行事と仕事との狭間に立つことも。「家と仕事との間に線を引き、気持ちを切り替えていた。迷いやストレスがあると歌えない」ときっぱり。

転機は1972年の本土復帰。基地内の仕事は全く無くなった。そこで夫と共に現在の場所に「インタリュード」を開店。「歌える場所が欲しかった。小さくてもここは私の居場所。歌える場所があるのが支え」と、歌への思いをさらに強くした。

「歌を辞めたいと思ったことは?」と聞いたところ「1度も無い」と即答。「引退も考えていない。まだまだ歌も勉強中。もっと時間が欲しい」と笑う。

現在も週3回のステージや、全国で開催されるツアーをこなす。トレーニングも怠らない。「この世界は努力しないとついていけない」。経験や評判に甘んじることはなく自分を磨く。

音楽に対し一途な与世山さんの好きな言葉は「LOVE」。「多くの人との素晴らしい出会いと支えがあり今の私がある。恩返しをする意味でも、皆さんに大きな愛を届けたい」とその歌声に、愛情を込める。

与世山さんは言う。「音楽には政治もイデオロギーも関係ない。私はステージから愛と平和を歌う」。

 

 

与世山さんのハッピーの種

Q.普段気を付けていることは?

風邪を引かないようにすることです。ステージでは私の代わりはいません。迷惑をかけたら大変です。
体調を整えるためにも食事はバランスよくとるようにしています。
野菜をたっぷり食べます。油っぽいものはあまり好きじゃないので。
好きな食べ物はたくさんありますよ。だって食いしん坊だから(笑)。
 

Q.印象に残っているステージは?

数え切れません。ピアニストの巨匠マル・ウォルドロン氏はじめ、超一流の方々と一緒のステージに立たせていただいたことは、本当に光栄なことです。
ステージに上がりはじめたころに歌っていた「テネシー・ワルツ」「ワンワン・ワルツ」「ケ・セラ・セラ」といった楽曲も印象的です。

ミュージックラウンジ「インタリュード」
※ステージについては要問い合わせ
098-866-6773


PROFILE
与世山澄子(よせやま・すみこ)1940年竹富町(小浜島)生まれ。中華民国のアモイ(現・中華人民共和国)で終戦を迎え、引き揚げる。51年、県内の米軍基地でステージデビュー。以後基地内のステージでJAZZなどを歌い始める。72年、インタリュード開店。2005年アルバム「インタリュード」リリース。県内外でのステージやツアーを精力的にこなし続ける。



週刊ほーむぷらざ「彩職賢美」|輝く女性を応援!
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撮影/桜井哲也(Sakuracolor)・編集/相馬直子
『週刊ほーむぷらざ』彩職賢美<1187>
第1472号 2015年10月1日掲載

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編集者
横浜市出身、沖縄で好きな場所は那覇市平和通り商店街周辺と名護から東村に向かう途中のやんばる。ブロッコリーのもこもこした森にはいつも癒されています。「週刊ほ〜むぷらざ」元担当。時々、防災の記事なども書かせていただいております。被災した人に寄り添い現状を伝えること、沖縄の防災力UPにつながること、その2点を記事で書いていければいいです!

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