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2024年6月20日更新

糸数アブチラガマ専属ガイドの平良友里奈さん|平和な未来を 子どもたちへ[彩職賢美]

訪問介護の仕事を本業に、シングルマザーとして一人息子を育てながら、自身が暮らす地域で戦跡ガイドとしても取り組む平良友里奈さん。「戦争体験者から直接話を聞くことができる世代の一人として、そして母として、地域の戦争体験を知り、語り継ぐことで世代間をつなぎ、平和な未来をつくっていきたい」と語る。

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世代をつなぐ役目を担いたい

糸数アブチラガマ専属ガイド
平良 友里奈さん


戦争体験者の思い
ガイドで語り継ぐ

「戦争体験世代と10代・20代の若者世代をつなぐ役目を担いたい」。訪問介護員の平良友里奈さん(36)は、そんな強い思いを胸に、1年半前から南城市にある戦跡「糸数アブチラガマ」の専属ガイドをしている。

もともと高齢者と話すのが好きで、介護の仕事を始めた平良さん。その中で戦争体験もたくさん聞いた。特に生死を分けた選択や人生の終盤をどう生きるかに強い関心を持った。戦跡ガイドになると決めたのは、2022年、ある高齢者の戦争体験を聞くワークショップに参加したことがきっかけだった。「体の不調を抱えながらも自身の戦争体験を伝えようとするその姿に、沖縄で戦争の記憶を次世代に伝える重要性を強く感じた」。その後、自身が暮らす南城市で糸数アブチラガマセンターの研修を受け、専属ガイドになった。

沖縄戦で住民の避難場所や日本軍の陣地、南風原陸軍病院の分室として使用された糸数アブチラガマは県内外から来訪者が多く、修学旅行シーズンには、ガイドをするため1日に何回も入壕することがある。
 壕内は暗く、中には強い不安感を訴える人もいる。平良さんは「必要以上に恐怖をあおることなく、戦争の悲惨さと命の尊さを伝えることを心掛けています」と語る。ガイド中、戦時中の様子を想像するため、5秒間だけ手元の明かりを消す。真っ暗な中、天井から滴り落ちる水の音が響き、5秒が長く感じられる。この中で過ごすことが、どれほど絶望的だったか、過去に見捨てられた命の重さに胸が締め付けられる。

平良さんは、戦争の記憶を未来に向けての教訓とし、平和を願う心を育むものにしたいと、戦争がもたらす破壊と悲しみだけでなく、自然の中で助かった命の奇跡を伝えることも大切にしている。また、来訪者の年齢などに応じた言葉を選ぶなど伝え方も工夫。「戦時中の不衛生な状態を『傷口にウジがわいた』『シラミやノミだらけで体中かゆかった』と言っても、今の小・中学生は、ウジやノミが分からない子も多い」と丁寧な説明を心掛ける。

ある日、ガイドを担当した県外の学校の教師から電話があった。教師は合唱コンクールで戦争の悲しみを歌に込めて表現したいから聞いてほしいと言った。電話越しに生徒の歌声を聞きながら、平良さんは涙が止まらなかった。「真剣に向き合ってくれたこと、私のガイドがしっかり伝わったことを実感し、とてもうれしかった」と振り返る。
 


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茨城県出身だが、父親が大宜味村出身で「幼い頃からずっと、沖縄が私の中にあった」。息子が小学校に進学するタイミングで沖縄に移住。「やっと沖縄に住むことができた喜びとともに、自分の魂が落ち着いたように感じた」と平良さん。ガイドを始める前には「みんなのことを伝えるね」と心の中で語りかける。「沖縄は私にとって特別な場所。ガイドを通じてその魅力や歴史を伝えることに使命感を持っている」と話す。

シングルマザーとしての生活は決して楽ではない。当初は、ひとり親であることにコンプレックスを感じていたと打ち明ける。でも「しっかり自立し、自分の心に正直に生きていきたい。そして息子にも自己肯定感を高め、自立できる子に育ってほしい」と母の顔を見せる。

「今後は糸数アブチラガマだけでなく、前川のターガーガマなどの戦跡もガイドできるようになって、地元をより多くの人に伝えたい」と語る平良さん。南城市に暮らす1人として、そして母として、地域を学び、語り継ぎながら、次の世代へ平和への願いを伝え続ける。

 

 糸数アブチラガマとは 


撮影/小橋川優大


南城市玉城字糸数にある自然洞窟(ガマ)で、全長が270メートルあり、戦時中は住民の避難場所および日本軍の地下陣地・倉庫として、また、南風原陸軍病院の分室としても使用された。1945年5月1日から軍医・看護婦・ひめゆり学徒が配置され、約600人の負傷兵が運びこまれた。5月25日に南部への撤退命令が出ると、重症患者が置き去りにされた。米軍の攻撃などにより多くの死傷者を出したが、このガマのおかげで奇跡的に生き延びた人もいる。

現在、平和学習に役立てる追体験の場として県内外から修学旅行生など多くの人が訪れる。南城市から委託を受け、糸数区が指定管理者として管理運営していて、14人のガイドが活躍している。

■ 糸数アブチラガマ
南城市玉城字糸数667-1 電話=098-852-6608

 

 シニア散歩の会を開催 


写真は平良さん提供

自身が暮らす地域のことを知りたいと、南城市民大学に入った平良さん。市民大学では地域住民と散歩しながら、地元の魅力を再発見していく「前川ウォーキングまーい」を企画。行政と連携し、シニアウォーキングチームを結成した。南城市玉城前川だけでなく、近所のいろいろな場所に出かけて散歩する会を随時開催している=写真。「散歩しながら、地域のことはもちろん、戦争体験もたくさん聞きます。そんな悲しみを持つお年寄りを見ていると、戦争を繰り返しちゃいけないって、より強く思うようになりました」と語る。

 

 親子の時間も大切に 


写真は平良さん提供

プライベートでは、シングルマザーで一人息子がいる平良さん。息子の話をちゃんと聞いてあげられる人になりたいと聴き方検定も取得。「自己肯定感の高い子に育つようにと日々、努力している」と話す。将来は一人の人として自立してほしいと願いつつ、「今は、親子の時間を大切に、いろんな経験をさせてあげたい」と、今年は親子で台湾旅行に出かけた。「言葉も通じない中、いろんな人の優しさに助けられ、とてもすばらしい時間が過ごせました」と笑顔を見せる。

 

 


プロフィル/たいら・ゆりな 1987年、茨城県出身。父親は大宜味村出身。2021年3月、沖縄移住。同年、父方の屋号である「作幸家」で訪問介護事業「VIPケアサポート作幸家」を創業。介護保険外のサービスを提供する訪問介護ヘルパーとして活躍。2022年より糸数アブチラガマ専属ガイドとして活動を始める。南城市民大学12期生。聴き方検定1級、聴き方3級講師取得。プライベートでは、一人息子を育てるシングルマザー。

 

今までの彩職賢美 一覧


撮影/桑村ヒロシ 取材/赤嶺初美(ライター)
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1435>
第1924号 2024年06月20日掲載

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