夕暮れにしずむ休業の張り紙|新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2020年5月1日更新

夕暮れにしずむ休業の張り紙|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.71|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

夕暮れにしずむ休業の張り紙
 
 不要不急、在宅ワーク、時短、時差出勤、テレワーク、ステイホーム、「うちで踊ろう」、やーぐまい、休業要請、テークアウト始めました、社会的距離、などなど。今年の初めにはまったく考えてもいなかった日常となり、那覇の中心地から人びとの姿は消えた……というくらいに、出歩くひとは減った。
 地域のスーパーはそれなりにまだ混んでいたりするらしく大丈夫かしらんと思いつつ、ぼくの住んでいる首里近辺は、さすがに出歩くひとの姿は、確実に減った。首里城炎上から数か月経て、新型コロナウイルスの影響で、シーミーも終わる頃、やーぐまいの日々は続く。
 


 そんななか、ぼくはさすがに「さんぽ」というわけにはいかなかったが、時短出勤・在宅ワークを経た一日の終わり、おとろえる筋力維持のため(通っていたトレーニングルーム閉鎖になったのだよ)夕暮れの首里城近辺を小走りしていた。例の「首里トレイルラン」(※今年1月コラム参照)である。
 4月の首里は例年以上に寒かったけれど、ひとけのない首里からみる夕日はほんとうに美しかった。沖縄県の緊急宣言が出るまでは、実は、首里城公園、ぎりぎり入城出来たのである。午後七時半まで。さすがに閑散として、ほとんど誰もいない首里城のなかを、ぼくは小走りで駆け抜けた。もちろん焼失したエリアは入れるはずはないが、瓦礫(がれき)の片付けがすすむ正殿エリアをのぞくことはできた。
 それはそれは、とても不思議な気持ちになる風景だった。警備員さんとぼく以外誰もいない首里城。ところどころの展望台に、時折、観光客はいたけれど(そういたのだ!)、ぼくのようにジョギングするひとはいない。マスク姿のぼくはこれまでだったらとても怪しいひとだったと思う。首里城の城壁沿いの階段を上ったり下ったりして、ときおりすれ違うウオーキング、犬の散歩の方々を驚かしたかもしれない。

 

 そんな風に夕暮れの首里を走っているうちに、少しずつ通り沿いの店が休業していった。休業お知らせの張り紙がぽつりぽつり、張られていく。感染拡大防止のためやむを得なく閉めていくお店の方々の苦悩はいくばかりかと心痛める。そしてその張り紙ひとつひとつに彼らの気持ちと決意をひしひしと感じた。寂しい、悲しい、切ない通りの風景だけど、ぼくは覚えておこうと思った。休業を伝える張り紙一枚いちまいに、そこでがんばっているひとの姿を思い浮かべたかった。張り紙は、街のどこでもみかけるようになった。職場と自宅の往復だけの自粛生活のなか、どうしてもやらないといけない用事で出かけるときに目にした「休業お知らせ」の張り紙たち。
 もうすぐ小満芒種(スーマンボースー)。雨の時候に突入する。梅雨が明けるがさきか、新型コロナ禍が明けるのがさきか。ぼくたちのやーぐまいの日々は続く。

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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