新城和博
2018年8月6日更新
ジャングルカーに乗って|新城和博のコラム
ごく私的な歳時記Vol.42|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。
あの車を見かけたのはいつのことだっただろう。
首里の街角か、真和志の三叉路か。車の上に植物が生えている、あのジャグルカーのことである。当時はそういう名がつけられようとは知るよしもないが、たしか最初は暑さ対策のために芝生を車の屋根に工夫して貼り付けていたのが、いつのまにかガジュマルなど自然に植物が定着し成長してきたというこの車の話は、たまたま知り合いになったオーナーの知念さんからいろいろ教えてもらった。車検を通す話、日本縦断の旅の話、いろん人との出会いなど、ちょっとしたファンタジーの世界だった。知念さんもファンタジーな人なのである。こんなファニーな車が走っていたら、それは話題になるよなー。この話はネットで検索するといろいろ出てきます。
が、しかし、改めてみなさん、このジャグルカー、見たことありますよね?
長年貴重な生態系をはぐくんできたジャングルカーが、いよいよ車検切れを期に、引退するという話を知念さんから聞いて、ぼくは「じゃあ最後に一度運転したいなー」とお願いしたら、ジャングルカーのラストラン、ということで、希望者を募るプチイベントを開催してくれた。
家が近所ということもあって、何度か助手席に乗せてもらったことはあったのだけど、ジャングルカーを実際自分で運転しながらみられる光景とはどんなもんだろうかと、かねがね興味があったのだ。
7月の、台風がさった日曜日の午前中、ジャングルカーのラストランとして運転しました。首里から一日橋へとぐっと下り、国場川沿いに進んでとよみ大橋から漫湖を見下ろしながら那覇港を通りすぎ、西町、若狭と旧那覇を昔の路面電車の道をおいつつ、一部国際通りを横切り、大道から首里城への坂道を駆け上る……というコース。
いつも通り慣れている道路なのに、なぜかわくわくしてしまった。頭の上、車上のガジュマルたちを見て見て! とついアピールしたくなったのだ。当初はのんびりと走らせるつもりが、ついつい歩行者やドライバーの反応を期待してしまう。
びっくりするおばちゃんや指さして喜ぶ子ども、観光客はもちろんいるのだけど、意外と気がつかない人も多い。那覇の日常として知っている人もいるだろうけど、特に気にすることもないと思っている人もいるのだろう。その反応の度合いは、それぞれの心のゆとり具合があらわれているのかもしれない、なんて思ったりしつつ、ドライブは予定時間を少々オーバーして終了した。
オーナーの知念さんはシャイな方なので、見られるのはちょっと恥ずかしい、なんていっていたけど、ジャングルカー、なかなか快感でした。この車を見かけると恋愛運があがるらしいと手を合わせる女子高生がいるとか、いつもなぜかコインを車の上におかれる(賽銭?)とかいった都市民俗を派生させてきたその存在は、きわめて平和的な風景だった。ジャングルカーが那覇の町を疾走していたその姿はいつまでも忘れないでおこう。
ラストランではしゃいでいた僕の写真をライブでSNSに載っけたら、「買ったの?」「新しい持ち主?」「なにこれ!」と、大反響だった。そうか、まだまだインパクトあるよなぁ。後日、新しい持ち主として新聞取材の問い合わせもきたくらい。
なお引退後のジャングルカーはそのまま北部古宇利島のあのハートロック近くの駐車場に置かれるそうです。うーん、まだまだファンタジーは終わらないのだ。いつか絵本にしたらいいのにね……というのはまた別のお話か。
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ごく私的な歳時記 vol.42
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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。