新城和博
2024年12月2日更新
おじさんの蜘蛛(くも)の糸|新城和博さんのコラム
ごく私的な歳時記Vol.122|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、これまでの概ね30年を振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。
祭りが多い、イベントが多い。そんな那覇の秋の日。イベントのはしごをしようと、あちらからこちらへ裏道を急ぎ足で歩いていたら、道路の端におじさんがあおむけに寝ていた。寝ている? 早朝、もしくは夕暮れ、または夜中、あちこちでそんなおじさんの姿はよく見る。ある意味見慣れた風景。でも昼日向、あおむけで寝ているのは……寝ている? 普通は倒れていると思うはずだのに、おじさんだからか、そしてちょっとだらけた格好をしているからか、ぼくは、まぁまぁと、いったん通り過ぎたが、いやいや車はあまり通らないことは知っている道だけど、あおむけはあぶないだろうと、振り返って、ぴくりとしないおじいさんに声を掛けた。大丈夫ねー。少し揺さぶってみた。するとおじさんは、はぁぁという顔つきで、ぱっと目をあけた。無呼吸で寝ていた人が発するような声をあげて。一応生きている。どこからか戻ってきたのか、ここがどこかわからない、という顔はわかった。言葉は発しない。上半身を起こしてみる。起きた。大丈夫かなぁと聞くと、ここはどこだという表情。ではではと、自販機で水を求めて、やっちーを車でひかれない程度の道側にずりずり移動して、ボトルを渡す。なにこれ? という手ぶり。ぼくは、その場を振り返りつつ離れた。
翌日、久々に店主として参加した一箱古本市。手持ちの本を売るのだけど、ぼくは毎回一冊以上買ってもらったお客さんには、しーぶんとして、持っていってちょうだいという箱を準備している。中には雑誌や文庫やわけありの本を並べている。おまけだけど、なかなか手に入らない、もしくは値段を付けてはならない印刷物である。みんなかなり真剣に選ぶというのは一箱古本歴10数年にわたるぼくは知っている。しかし、あのおじさんは、売り物には目もくれず、その箱にある印刷物を吟味していた。おじさん。よれよれーとした服装でよろりと力弱いたたずまいでしゃがんで、じっくり月刊プレーボーイのページをめくっている。そう、それは日本版月刊プレーボーイが廃刊するためのカウントダウン特別号なのだ。お目が高い。特集は、歴代プレイメイトのグラビアである。もう二度と手に入らないアメリカン・ビューティー号。おじさんはじっくりとページをめくっていた。
しばらくするとおじさんは売りものの古書には目もくれず、ふわっと立ち上がり、よろっと立ち去った。その後ろ姿を確認して、ぼくはそのプレーボーイ特別号を手に、おじさんを追いかけた。あんなに熱心に眺めている人がこそ、その雑誌はふさわしいではないかしら。呼び止めて、はい、どうぞと渡すと、「いくら?」という顔をしたので、まぁまあどうぞと手渡した。おじさんは、よたりとしながら、そのまま古本市の小さな人混みの中に消えていった。
それからしばらくしての平日。仕事をサボって散歩していたら、与儀の裏道で自転車にまたがったままたたずんでいるおじさんを見つけた。裏道とはいえ道路の真ん中でなにしての? とよく見たら、自転車のカゴには、スーパー帰りと思われるたくさんの日常品の小山。そこからころりと落ちてしまったのが、一個のおにぎりだった。道路の真ん中にちょこんと小石のように存在するおにぎりを、自転車をまたがったまま、どうすればよいかわからない風情で、おたおたしている。ぼくはすたすたと、おにぎりころりを拾い上げ、自転車にまたがったままのおじさんに手渡した。おろおろっとした顔をしていたおじさんは、ほっとした顔をして、自転車を立て直した。
もう少し。あと少し。そんなことを思いつつ、ぼくは仕事場に帰った。
秋の始まりに、おじさんをいろいろ助けた。誰も言葉を発しなかった。まぁおじさん版蜘蛛の糸というとこか……。
翌日、久々に店主として参加した一箱古本市。手持ちの本を売るのだけど、ぼくは毎回一冊以上買ってもらったお客さんには、しーぶんとして、持っていってちょうだいという箱を準備している。中には雑誌や文庫やわけありの本を並べている。おまけだけど、なかなか手に入らない、もしくは値段を付けてはならない印刷物である。みんなかなり真剣に選ぶというのは一箱古本歴10数年にわたるぼくは知っている。しかし、あのおじさんは、売り物には目もくれず、その箱にある印刷物を吟味していた。おじさん。よれよれーとした服装でよろりと力弱いたたずまいでしゃがんで、じっくり月刊プレーボーイのページをめくっている。そう、それは日本版月刊プレーボーイが廃刊するためのカウントダウン特別号なのだ。お目が高い。特集は、歴代プレイメイトのグラビアである。もう二度と手に入らないアメリカン・ビューティー号。おじさんはじっくりとページをめくっていた。
しばらくするとおじさんは売りものの古書には目もくれず、ふわっと立ち上がり、よろっと立ち去った。その後ろ姿を確認して、ぼくはそのプレーボーイ特別号を手に、おじさんを追いかけた。あんなに熱心に眺めている人がこそ、その雑誌はふさわしいではないかしら。呼び止めて、はい、どうぞと渡すと、「いくら?」という顔をしたので、まぁまあどうぞと手渡した。おじさんは、よたりとしながら、そのまま古本市の小さな人混みの中に消えていった。
それからしばらくしての平日。仕事をサボって散歩していたら、与儀の裏道で自転車にまたがったままたたずんでいるおじさんを見つけた。裏道とはいえ道路の真ん中でなにしての? とよく見たら、自転車のカゴには、スーパー帰りと思われるたくさんの日常品の小山。そこからころりと落ちてしまったのが、一個のおにぎりだった。道路の真ん中にちょこんと小石のように存在するおにぎりを、自転車をまたがったまま、どうすればよいかわからない風情で、おたおたしている。ぼくはすたすたと、おにぎりころりを拾い上げ、自転車にまたがったままのおじさんに手渡した。おろおろっとした顔をしていたおじさんは、ほっとした顔をして、自転車を立て直した。
もう少し。あと少し。そんなことを思いつつ、ぼくは仕事場に帰った。
秋の始まりに、おじさんをいろいろ助けた。誰も言葉を発しなかった。まぁおじさん版蜘蛛の糸というとこか……。
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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。