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新城和博

2024年7月10日更新

呼びとめられた|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.118|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、これまでの概ね30年を振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

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炎天下という言葉ではもう足りないようなある日。魔が差して近くの食堂まで歩いて「味噌汁(みそしる)定食」を食べた帰り道。事務所へ向かう足取りは当然軽くはない。事務所まであと4分ほどというところ、電柱通りとよばれる車道を蜃気楼(しんきろう)にまぎれて歩いていたら、とつぜん「あい、新城」と声をかけられた。左斜めの肩越しに振り返ると、酒屋さんが着けるような前掛けで、米屋さんが使っていたような自転車を、よれよれっとこいでいるおじさんがいた。



「新城だろ」と声をかけられる場合はだいたい同級生だ。だいたい誰かわからない。問題は二つ。小、中、高の、どの時代の同級生なのか。そして、そもそも友達が少ないうえに、ほとんど同級生の記憶がないという個人的特性がぼくに備わっているということだ。
群青色のキャップをかぶって、にかっと笑った笑顔に欠けた歯並びが立派な、無精ひげのふぞろいもあいまって、まったきことなくおじさんの風貌である。同級生か、それとも知らないおじさんなのか。



知らない人に声を掛けられることは、職業柄たまにある。新聞で見たとか、テレビで見たとか、声聴いてわかったとか(ラジオ)。そんな一瞬のとまどいにかぶさるように、「新城、変わらんなー」歩いているぼくの速度に合わせてゆがまーひがまーしながら自転車をこぎつつ、話が進み始めた。こういうときに、お前だれ? とは聞けないさぁねー。そっちは誰かわからんかったよー。何してるのと聞くと、母親がかじまやーなるからさ、面倒見ているよ、もう仕事はしてないから。おー、おめでとう、かじまやーすごいねー。新城は何してるのか。この近くに事務所があってねとか話しをあわせる。
そうか、そうか、同級生のときのぼくしか知らないのか。本当にたまたまぼくの顔見て同級生とわかったのか。すごいな。風情的に高校の同級生ではない。そんなに自分の顔は変わっていないのか。さすがに小学校ということではないな。となると中学?
ぼくの歩く速度に合わせてゆらゆらしているおじさん(同級生)は、いぇーあれ、おぼえているか××よ。死んだよー。剣道部さー。ぼくは正直にわからんさー、憶えてないなと答えるが、気にせずに、▲▲も、最近死んだよー。あれ近くに住んでいたよー。◎◎は骨折ったてよー。と次々に、身におぼえのない同級生らしい人たちの名前をあげていく。何十年も合ったことのない中学校の同級生のことを、普通、おぼえいるのものなのかと思いつつ、思い出せない。ぼくははっきり「だれもおぼえいない」としっかり伝えたのだが、彼は気にしない。おぼえてないかー。■■はここにはいないなぁ。水槽にいっぱい魚育ててるよぉ、あれは。などと、いったいなんの情報なのだろう。



しかし小学校、中学校の同級生とずっとこの歳になるまでつながっているなんて、ちびらーさん(すばらしい)。いつも感じるのだけど、同じ那覇で暮らしていたのに、ぼくが過ごしてきた時間と違う平行世界を生きてきたのだろうな。新城はかわらんなー、なにクラスだったかーと言われても、それさえおぼえない。暑さのせいでそろそろ頭がクラリクラリしてきた。
ぼくのまわりを自転車で行きつ戻りつ、おじさんは、ぼくの事務所まで同行してきた。Aはよー、いまは車椅子だよー。ここで初めてぼくもおぼえいる名前が出た。というのも数年前に小学校の同窓会があり、その話し合いの流れで集まった居酒屋をやっていたのが、小中いっしょだったのがAだったのだ。その彼も数十年ぶりに会ってようやく思い出したのだけど(家に帰って卒業アルバムを開いた)。その居酒屋が閉まっているのは確認していたが、てっきりコロナ禍のせいだと思っていたのだ。そうか車椅子か。いろいろあったんだなぁ。
事務所をすこし通り過ぎてしまった。ここだからと立ち止まると、同級生のおじさんの彼は、あーまたやーと言いつつ、自転車をぐんと一こぎして、電柱通りを南に去っていった。その先のどこかあのあたりに、かじまやーのお母さんがいるのだ。
しかし、そうか、死んだか、死んだのか、あったことのない同級生たちは。

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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