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新城和博

2024年1月18日更新

今年こそはソーキに願いを|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.113|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、これまでの概ね30年を振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

ちょっと振り返ってみたら、ここでエッセーを書き始めたのが、2015年1月のことだった。なんとまぁ9年目の正月を迎えたのである。



これまでいつも同じようなそうでもないような気持ちで正月を迎えやり過ごしていたが、今年はさらりと「明けましておめでとう」と祝いの言葉を口にするのもはばかられる年明けになってしまった。

天災は時と場所に関係なくやってくるものだと、連日静かに伝えられる能登半島地震の報道を見ながらもの思う。そして、ふと気がつくと辺野古の海岸にごろんごろんとたくさんの岩が投げ入れられていた。

北の海岸で大地が裂けて南の海岸で埋められようとしている。天災と人災の狭間で世界はつじつまの合わないことばかりしているようだ。

でもやはり新しい年の始めに何かしらの願いを込めてしまうのである。

毎年我が世帯恒例の「首里十二箇所廻り」をして、首里のあちこちにある神社仏閣、そして御嶽めぐりで手を合わせ、言葉にしないで願う「今年こそは…………」。

 
今年こそはと思い、正月料理の一品としてぼくがこしらえたのは、ソーキ汁である。豚肉を煮るのが好きなので、三枚肉を公設市場で仕入れてラフテーばかり仕上げていたワタクシだったが、去年生まれて初めて鎖骨骨折したということもあり、骨の大切さに目覚めたのだ。

 

うちなーのうわさでは、思慮足らずの男たちにてぃーち足りないと言われている「ソーキ」、つまりあばら骨の汁物を年末年始味わう。過去の失敗、災難を乗り越えて、思慮深い人間になろうと無意識に願っていたに違いない。

航空運賃が高くなる前に帰省していた娘と市場で正月の買い物をして、とぅしーぬゆーるー、つまり大晦日(おおみそか)の晩から、しょーがち・元旦にかけて、じっくりと煮詰めたソーキ汁は、初めてちゃんと作ったにしては「まずまず」であった。字面では美味しくなさそうであるが、ほんとに「まずまず」だったのだ。娘は母親の里の味がしみこんだ煮物をしっかりと仕上げていた。これはとても美味しかった。2日かけて首里十二箇所廻りをし、久しぶりに娘と映画を観たのは「PERFECT DAYS」だったし、その週末に妻と観た映画「枯れ葉」は、フィランドのおじさんとおばさんしか出てこないけれど、この歳になってきゅんと染みてくる恋愛映画であった。自ら選んで一人を生きることと、それでは少し寂しいかもしれないから寄り添うことを選んでみようとすること。両方ともとてもセリフの少ない映画だったが、語られた物語は、ぼくの隙間だらけの心の中を駆け巡った。ちなみにこの映画を両方続けて観ていた友人が多数いたのは、やっぱりねとほほ笑ましいことだった。


 

一年の計は…………などというけれど、何か具体的なことを願うとろくな結果にならないことは、去年の還暦の誓いで身に染みた。具体的に何かを描くのではなく、ただただ手を合わせてみる。それだけでいいのではないかしらん。そんな時間が与えられただけでも幸せというものだろう。戦争と平和のつじつまを合わせることはできないけれど、それでも願ってしまうというのが、生きるということかもしれない。

今年は自分のソーキを見つめ直す、そんなよく分からない一年になりそうだ。

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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