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新城和博

2023年11月15日更新

待ち待ちそうたる、6年ぶりの首里文化祭 旗頭乱舞に夢心地となるの巻|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.111|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、これまでの概ね30年を振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

次々とやってくる首里各町の旗頭に心奪われる。旗頭が立ちあがり演舞するたびに、心の中で喝采をあげていた。チンク(鉦)がリズムをとり、はーいや、はーいやのかけ声とともに、旗頭シンカ、青年たちの気合がそろうと、すくっと立つ旗頭、ゆれるトゥールー(旗飾り)は、もはや命を宿しているかのようだ。


▲当蔵町の旗頭

6年ぶりの「首里文化祭」の道行列(みちじゅねー)をどんなに心待ちにしていたことか。10月の那覇大綱曳とは違い、名前こそ今では「琉球王朝祭り首里」などど変わってるが、公式パンフレットにもちゃんと(旧首里文化祭)と書かれている。そんな地元感満載の祭りのメインは、実は琉球王朝古式行列ではなくて、首里の各町自慢の旗頭なのである。

旗頭は、ふつうは綱引きとセットなのである。しかし首里の「綾門大綱」はとうの昔に無くなってしまったが、旗頭だけは、獅子舞などとともに伝統を継承してきたのだ。1960年に首里地区ではじまった「教育まつり」で旗頭行列が行われ、68年には「首里文化祭」とその名をかえて、78年からは琉球王朝の古式行列も加わった。考えてみたら、那覇大綱挽の復活が1971年だ。首里の旗頭行列は、戦後としては、那覇大綱挽や首里城の復興よりも、歴史のあるものだったりするのだ。


▲弁が嶽鳥堀町の旗頭奉納

この連載でもたびたび触れてきたが、大雨、首里城火災、コロナ禍と5年続いて開催されなかった「首里文化祭」の旗頭行列は、限定的に旗頭演舞やガーエーはあったのだけど、やはりなんといっても龍潭通りが歩行者天国、いや旗頭天国となって、首里の民俗芸能である獅子舞にミルク行列とともに道行列がフルバージョンで行われるのは、くどいようだが、6年ぶりなのだ。6年ぶりなんて子供会だったらメンバー総入れ替わりではないか、なんてこった。

地域の祭りに子どものころから参加したことがなかったぼくは、大人になればなるほど、そして初老の階段を踏み外しそうになる今、こうした行列を見るのが楽しみでならない。今年の夏に、酔っぱらって那覇の街で鎖骨を折ったぼくは、前のようにビールをくびりぐびりすることなく、龍潭通りのワイン屋さんが出店したグラスワインをちびりちびりしながら、その一部始終を観覧した。その楽しさを何に例えようか………。

道行列のあとは、各町の旗頭と子ども旗頭と三頭の獅子たちが、首里中学校グラウンドに揃い、ガーエーが行われる。要するに演舞の勝負なのだが、いまは「我栄」と当て字されている。これは昔からあったわけではないが、龍潭での花火打ち上げがなくなった今では、みんなが楽しみにしている首里文化祭のグランドフィーナレである。その素晴らしさは、運営委員会の手作り感あふれる進行と相まって、いくらでも語ることができるだろう。今年はそろった旗頭が、西軍と東軍にわかれて、それぞれの個性を出しながら演舞する勇姿が思う存分楽しめた。その姿は、ただただ美しい、ちびらーさん。


▲汀良町、末吉町、真和志町の三獅子舞


▲旗頭ガーエー

旗頭が、エーサーのようにガーエーするというのは、首里の他にあるのかしらん。那覇の大綱挽で一堂に会する旗頭たちも、じっさいあいまじわってクロスする、まんちゃーひんちゃーの演舞はない。綱引きのない旗頭たちである首里の場合、勝敗ではないが、競い合う旗頭たちの気合は半端ないのである。

旗頭のトゥールーは夜になると明かりがともる。一列に並んだその背後にゆいレールが通り過ぎる。まるで龍のようだ……(酔っている)。しかしゆいレールに、龍のデコレーションしたら、もっと盛り上がることだろう。

一通り各町の旗頭が演舞するとおもむろに登場するのが、首里の旗頭を象徴する尚家の紋章「左巴」(ひじゃいぐむん)と龍を飾られた「瑞雲」の大旗頭。各町から選ばれた旗頭ちゅーばー(勇者)たちのみが挙げることのできる、重さ70キロになろうとする大旗頭なのだ。旗頭シンカの精鋭たちは、それを代わり代わり一人で挙げていくのである。その見事さに思わず拍手喝采する観客たち。


▲瑞雲大旗頭


▲旗頭ガーエー

やがて最後の演舞者が挙げきると、はーいやはーいやのリズムを刻んでいたチンク(鉦)が、締めの三連符に変わり、そのリズムに合わせて、瑞雲の旗頭は着地する。そのチンクをたたいていたのは旗頭のいなぐシンカたち。見事なリズムキープで終わると、チンク隊の先頭で大役を見事にこなした彼女は涙ぐんでいた。その姿を遠くから見ていたぼくはやっぱり感動するのである。祭りは細部にこそその美しさがある、というわけだ。

そして祭りの締め、ハイライトである首里旗頭一斉そろいの我栄が始まった……。まるで絵巻物を見ているかのような幻想的なその乱舞。旗頭は何度も倒れるがそのたびすくっと立ち上がる。それはきっと首里の歴史そのものなのかも。

来年の今ごろもまた見たい、首里の旗頭乱舞の夜でした。


 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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