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新城和博

2022年2月12日更新

「橋の名は」|新城和博さんのコラム

ごく私的な歳時記Vol.92|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。


那覇のまちを散策しはじめたのは、もう十数年前になる。きっかけはいろいろいあるが、生まれ育った開南、公設市場かいわいがすこしずつ変化していることを、自分なりに確かめようと思ったのだ。その心のありさまをエッセーとして連載していたのが、当時結構人気を博していた「沖縄スタイル」という雑誌。なんでも書いていいという依頼だったので、「幻想の那覇・街角記聞 すーじ小を曲がって」というタイトルにして、身近な通り、忘れかけていた通りを文章でスケッチしていった(2007~2011年)。

「与儀に隠れていた小さな川の名前」というタイトルで、与儀十字路のそばにあった「名も無き川と橋」のことを書いた。いつも車で通っている開南から与儀公園あたりへつづく道。それこそ子どもの頃から数え切れないほど歩いてきたのだけど、そこに気づかれないほどの川というか、しーり小(小さな排水溝のようにもの)とアスファルトに埋もれていた橋の痕跡をみつけたのだ。欄干がまるでアスファルトに食い込むようにして頭を出している。橋の名前も埋もれて見えなかった。

 

 〈与儀十字路手前で僕が凝視した支流は、多分その川(ガーブ川)へと続いているに違いないのだが、いったいどのようにしてつながっているのか、もうひとつ見当がつかない。でもよく見てみると、アスファルトに覆い隠されているが、ちゃんと橋の名残が残っていた。ここはちゃんと川だったのだ〉



橋の名前を知ったのは、ずいぶんのあとのことだ。誰かに教えてもらったのだが……あまりにも平凡な名前ですぐに忘れてしまい、ぼくのなかではずっと「名も無き川と橋」だった。

月日は10年ほど流れる。

その小さな欄干のことは、ときおり気にしていた。車で通りながら、やがて消えていくのではと思ったのだ。気がつけば与儀十字路一帯は、銀行の2階にあるお風呂屋、大きなバイク修理屋、ガソリンスタンドなど、長年ランドマークとしてあった建物が道路拡張により取り壊されていった。風景は一変した。

路線バスが毎日たくさん通るわりには、歩道も整備できないほど狭くて雑多だった開南大通りは、きわめて見渡しのよい道路に変わった。与儀十字路のバイク屋が立て壊されて、ぼくが「名も無き川」と読んでいたしーり小も、日の目にさらされていた。ひっそりといろいろなものの目から隠れていた街の一角がさらされていた。

今年に入り、知り合いのフェイスブックの投稿の写真で、アスファルトに埋もれていたその名も無き橋が、川の工事により「発掘」されていた。河川工事というより、排水溝というか暗渠(地下水路)の修繕工事で、側面があらわになり、石積みのきちんとしたアーチ型の土台が「発掘」されたのである。小さな橋の土台はちゃんと残されていたのだ。



そのけなげでかわいい、しかもちゃんと石橋としてのたたずまいを残している姿は、ちょっとした反響があった。ぼくも少し興奮した。あの橋はちゃんと役目を果たし続けていたのだ。この石橋はいつごろできたのだろうか。

手元にあった昭和初期の地図をみると、ちゃんとそこには橋のマークがあった。まさか戦前から? いやそんなことないだろうと思いつつも、とにかく見に行った。

この交通量の激しい道路、アスファルトの下で、その橋は、静かに役目を果たしていた。思った以上にきちんとしたアーチ型。立派に矼(いしばし)という感じだ。いろいろな角度から眺めて飽きもせず、かといって触れもせず、というあんばいで、ぼくはその矼のそばで少しの時間過ごしてみた。欄干もちゃんとあった。いやぁいいなぁ……。縁の下の力持ちの橋なのである。



2007年頃撮っていた写真をあらためて見ると、わずかにアスファルトから飛び出た欄干に「新」の文字がある。

誰にも見られることなく与儀十字路を支えていた、橋の名は「与儀橋」。またの名を「新栄橋」。たぶん戦後新しく石橋を立て直した時に「新栄橋」となったのかもしれない。戦後の昭和の匂いのする名前だ。工事がすむとまた埋め直されるらしい。そんなふうに那覇のあちこちに埋もれたままの橋がいくつかあることをぼくは忘れないでおこう。


 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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