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新城和博

2021年7月12日更新

家の前にやってくる石焼きイモ屋さん|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.85|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

家の前にやってくる石焼きイモ屋さん

 
今年の春先、というか、うりずんというか、それくらいのころ、日曜日になると、うちの近所を石焼きイモ~~の声が響くようになった。たぶんこれまでも通っていたはずだし、街角ですれ違う焼きイモ屋さんの車も珍しいことではない。でも一年間、コビット19対応の自粛生活なので、日曜日の午後もそれなりに家で過ごすことも多くなり、石焼きイモ~~の声に反応して、どれどれと近所をキョロキョロ、声の聞こえるあたりを探すが、なかなかあたらない。
 
遠くの方から徐々に近づいてくるはずなのだが、家々にこだまし、森に遮られたりして、なかなか車を探せない。声がする方に車を出してそこいら一帯の路地を追ったが、いつのまにかイモの気配は消えている。
 
そんなことが何回かあった後に、なんとなく石焼きイモ車のルートらしきものを想定できるようになり、ある日、ようやく追いついて、念願の石焼きイモを食べることができた。
 


うちの近所にやってくる石焼きイモやさんは、おじさんでした。イメージをまったくはずさない、どうみても焼きイモ屋さんのおじさんだ。熱々の石焼きイモをひと袋、家で食べたら、しっとりほくほくと、そのおいしさにトリコになってしまった。
 
いやもちろん石焼きイモはなんども食べたことあるさ。でもね、多分この年のこの歳になって、自粛中に味わったからなのか、とっても美味(おい)しかったのだ。食べ比べしたわけじゃないけれど、やっぱり本物は違うねーなどと妻とうなづきつつ、食べきれなかった分は冷蔵庫に保存。翌日から食後のデザートで冷やした石焼きイモを食べたら、なぁんて美味しいこと。ミルクと石焼きイモがこんなにマッチするなんて、この年のこの歳になるまで知らなかった。みんな、知っていたのか! 気がつくと、一年じゅう石焼きイモ屋さんの車は走っているし、スーパーでもちゃんと売られているのは、そういうことだったのか。納得しました。


 
その後、うちの近所を通る石焼きイモやさんのおっかけをしているうちに、おじさんはぼくらの家の前までやってくるようになりました。
 
「毎週食べてあきないねー? かならず買わなくてもいいよー」と言うので、それなりに買いつつ、それでもやっぱり美味しいのです。日によって、イモによって味わいが違うのもいい感じなのです。みんな違ってみんなイモ。
 
昔むかし、アメリカ統治下だったころ、沖縄で「日本復帰」をめぐって、政治的な争いがあったそうです。そのなかで有名なのが「イモはだし論」。せっかくアメリカ世で、それなりに生活できているのに、いま日本に復帰したら沖縄社会はまた貧乏になる。イモしか食べられず、裸足(はだし)で生活していた頃に逆戻りするから、復帰には反対。というもの(注 もちろんですがかなり史実を省略しています)。
 
今、美味しいイモで、裸足でずっと生活できたら、それはそれでかなり素敵なクオリティー・オブ・ライフかもしれないなあ。
 
 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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