コロナ禍をむりやり双六(すごろく)に例える 街角のお店が消えていく |新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2021年4月13日更新

コロナ禍をむりやり双六(すごろく)に例える 街角のお店が消えていく |新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.82|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

コロナ禍でまたまた春がやってきて、沖縄はうりずんの清明祭の季節となった。去年は沖縄県の医師会が、清明の集まりをできるだけ縮小するようにという声明を出していた。今年は、はやばやと新聞広告で中止を告知する門中もあった。

あれこれ予想にしなかったことがおこり、悪い予感が当たっていく感じ、なにかに似ているかもと思った。双六(すごろく)である。サイコロを振って進んでいくけど、1回休み、3コマ戻って、そして「あがり」かと思ったら、「ふりだし」に戻る…。まぁしかしサイコロを振り続けないといけないわけです。まだまだゴール・あがりは見えないけれど、まん延防止措置が宣言された沖縄は「1回休み」という感じかな…。

 

去年の春、突如、食堂の「煮付け」にはまった話を書いた。その時の食堂がコロナ禍休業しているうちに、いつのまにかそのままフェードアウトしていた。小さなお店を閉めたのである。ただ張り紙などのお知らせもなく、いつのまにか看板がおろされ、しばらくしたら店舗内部の改装工事がはじまり、新しい食堂がオープンした。

食堂のおばちゃんたちはお元気のことと思う。でも長く続く休業要請をひとつの節目として引退していくお店も多いかもしれない。

新しいお店は、小さい間口はそのままで、でもすっきりとした店内である。厨房(ちゅうぼう)から男性の声がしている。前のお店となにかつながりがあるのかどうかわからないけれど、メニューは以前あった品目を踏襲しつつもブランニューなテイストも感じさせて、好感をもった。煮付けはというと、これがなんだか色合いが華やかで、三枚肉かてびちかを選べるようになっていた。時代は移り変わるけれど、継承されてもいるのだ。



 
そういえば、去年は、首里に引っ越ししてずっとなじみにしていた儀保町の精肉店のおじさんも引退してしまった。一人で切り盛りしていた精肉店なので、そのまま店じまいとなった。新型コロナの影響というよりも引退の時期が来たということらしいが、寂しいものである。おじさんが培ってきた精肉店のさまざまな技法、知識は、誰に継承されることないというのが、なんとも言えない。妻は最後の日、花束を持ってあいさつにいった。地域になくてはならない店だったのだ。新聞や雑誌に取り上げられないけれど、長年続いていた街角のお店が、こんなふうにひっそりとフェードアウトしていく。

しばらくひいきにしていた首里駅ちかくの小さなバースタンドも、去年春のコロナ休業からそのまま建物ごと無くなっていた。道路拡張らしいが、これもコロナ禍を機にということなのだろう。この十字路はかつて、戦前戦後、いや1990年代まで、野菜や魚などの露天の朝市がたっていたところ。そんな歴史を語り継ぐためのよすがの風景ももう無くなった。

それでも僕たちはサイコロを振り続けないといけない。いつか「あがり」の目が出ると信じて。



 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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