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金城真知子

2022年11月24日更新

遺品整理で出てきた保育園の「おたより帳」|金城真知子さんのコラム

3人の子育てワーキングママ金城真知子が「ホッとする沖縄時間vol.85」をつづります

父が旅立って、もうすぐ1年半。
母が遺品を整理している中で、保育園の「おたより帳」を発見。

保育士の先生と両親が、家庭と園の様子をそれぞれ伝え合う
交換日記のような手書きのノートが
37年の時を経て私の元にやってきたんです。

開くと「懐かしい」という気持ちをはるかに超えた、衝撃的な感情がやってきたので、
今日のコラムは、自分の知らない過去の大きな勘違いについて、つづっていこうと思います。

〜〜 きっかけは、運動会の振り替え休日 〜〜

父の1年忌が終わって、しばらくの間
「奥の部屋も片付けないとね〜」と口では言いながら、
実家の片付けや父の遺品整理は、ほぼ任せっきりになってしまっていました。

そんな中でも、母が少しずつ進めてくれているようで、
運動会の翌日、子どもたちを連れて実家に行った際に

「まーちーこんなの出てきたから、お家でゆっくり見たらいいさー」
と、小さなキャンパスノート、数冊を手渡されました。

ホコリまみれで、茶色に変色したそのノートたちは、
私が保育園に通っていた頃の「おたより帳」。

園の先生方と両親とのやりとりが日記のような形でつづられていて、
「きりん組」と書かれた年長さん(多分5歳かな)の記録です。

冗談抜きに、すごいホコリだったので(笑)
受け取った時は「捨てても良かったのによ〜!」って
言いそうになりながらも、自宅に持ち帰ってきました。

開いてみると、記憶のかけらにも残っていなかった
当時のリアルな日常が描かれていた「お宝」だったんです。




〜〜 おたより帳の中には 〜〜

その中には、
毎日3行〜4行のやりとりで、

・夜なかなか寝てくれないこと。
・朝起きの習慣をつけるために朝の散歩を始めると、楽しそうに起きてくるようになったこと。

・4歳下の妹が大好きで、姉と奪い合ってケンカしちゃうこと。
・弁当の日は、中身に何が入っているのか、厳しく点検する私の姿。

・道を歩くと「おくすり」屋さんなど、ひらがなを目で追って、うれしそうに読んでいる姿。
・左利きを直したくて、左手に大きなバッテンを書いたのに、なかなかうまくいかないこと
・サトウキビのキビ刈時期には、毎週、田舎に行って遊ばせていること などなど

本当に他愛もない毎日。
ドラマのような大展開はなく、どこにでもありがちな日常がつづられていました。

その平凡なやりとりの中に、
相当な「お父さんっ子」だったことが分かって

・お父さんが帰ってくるまで、なかなか寝なくって困っています。朝が遅くてすみません。

・毎日仕事が遅く、朝、私(父)の目が赤くなっているのを見て、
 「お酒のんだんでしょ〜」と笑われてしまいました。 とか

・最近、お父さんがおたより帳、書いてないから書いて〜と、真知子が持ってきました。
 子供との時間をつくらないとですね。

など、働きながら。子供3人を育てる大変さや葛藤が、たくさんつづられていました。

時々、父親の想いもつづられていて

・取引先に行く時には、こっそり車にのって一緒に行きたがるんです。
 道中1時間、真知子といろいろな話をして「仕事の良き理解者」になってくれています。

・今日は、姉と真知子と3人で一緒にお風呂に入れました!
 こんなふうにいつまで一緒に入ってくれるんだろう。。。

ページをめくるたび、
「あ、、、私って、ちゃんと愛されていたんだ」って、
涙が止まらなくなってしまったんです。

そして、こんなにも父親のことが大好きだったなんて。。。



〜〜 記憶の大きな勘違い 〜〜

当時、私たちは3姉妹で(のちに弟が生まれて4兄弟)
2歳上の姉と4歳下の妹がいる、真ん中の次女でした。

子供好きな両親なので、休みの日は、北部に連れて行ってくれたり、
一緒に遊んでくれた記憶も残っていますが、、、

普段の生活では、お姉ちゃんや妹ばかりを
かわいがっているように感じて、すねていたんです。

「ねーねーはいつも新しい服を買ってもらえて、いいはずよ〜。私はお下がりばっかり」
「私にはダメっていうのに、妹にはOKってどういうこと!」って(笑)

それに、記憶の中にある幼い頃の父親は、厳しさ一辺倒で

・部屋が汚い! ちゃんと片付けなさい!
・あいさつができないなんて、人としてダメでしょ
・何度も言ってるのに、なんでこんなに忘れモノするの?

言われても言われても、直せない私。

怒られている記憶の方が残ってしまっていて、心の奥底で、
私のことは「そんなに好きじゃないんだろうな」って
思っちゃっていたんですよね。

でも、、、「おたより帳」の言葉からは、
そんなこと、すこしも感じられなくって、

私の記憶の中の父親像は、大きな勘違いだったわけです。



〜〜 今になって、ようやく分かること 〜〜

おたより帳に記されていたのは「なんでもない日の記録」

そこに、感情をゆさぶるほど
『私は、幼い頃から、ちゃんと愛されていた』
って確信できる「宝物」が隠されていたなんて。。


おたより帳が気づかせてくれた、大きな勘違いと、深い愛情は、
これからの人生を太く支え続けてくれる糧になると確信しました。

そんな大きな気づきを得て、鼻水をすする私。

それを見た娘たちは
「どうしたの?」「悲しいことがあったの?」と
心配した声でのぞき込んできました。

事情を話してみても、あまりピンとこない表情で、
「そっか、ママが大丈夫って言うんだったら、きっと大丈夫だね!」
と、またゲームを始めて、
その後も私を見ては「まだ泣いてるの〜」と笑っています(笑)

きっと、両親が、書き留めてくれたことって、まさに今みたいな
「だから何?」って思われるような日常。

ただ、一緒に家にいる、いつもの日々。
旅行に行くわけでもなく、豪華なモノを買ってあげるわけでもない「なんでもない日」

さぁ、子どもたちには、どうやって日々の暮らしの記録を残していけばいいんだろう。

「も〜こんなこと書いて、、、しょうもない!」って笑われちゃうくらいの
どーでもいい毎日を、30年後の未来のために。




金城真知子さんのコラム[カテゴリー:子育て 大人女子を応援]

 

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フリーパーソナリティー
沖縄県南城市出身。琉球大学卒業。
ラジオパーソナリティー・ウェディング司会者・スマイルトレーナー®
FM沖縄『ちゅら玉・浪漫紀行』ではライター兼ナレーターを担当。
沖縄の自然や習慣・格言などを題材にウチナーグチを交えて紹介。
本コラムでは、沖縄で暮らす3児のワーキングママとして、家族の日常を綴っていく。

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