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2020年6月4日更新

姉妹がつづった介護日記から-3ー

季刊紙「シニアウエーブ」の人気連載が、今回はほ~むぷらざにお引っ越し。2016年2月、92歳で亡くなった玉城秀さんを介護した長女・大城恵子さん(76)、三女・新城幸枝さん(61)、四女・森山千沙代さん(59)。秀さんは2005年に脳梗塞で倒れ、寝たきりになった。「約12年介護し、うち10年は自宅介護でした。大変なこともあったけど、時には外食したりショーを見に行ったり、楽しい思い出もたくさんある」と恵子さん。介護中、姉妹が綴った日記から外出の様子を紹介する。

玉城秀さん(享年92)を約12年介護した三姉妹の日々
ミキサー食でも時には外食

 
 玉城秀さんは2005年に脳梗塞で倒れ、寝たきりになった。2016年2月に亡くなるまで介護した三姉妹。長女の恵子さんは、「約12年介護し、うち10年は自宅介護でした。大変なこともあったけど、時には外食したりショーを見に行ったり、楽しい思い出もたくさんある」と話す。
今回は、介護中、姉妹が綴った日記から外出の様子を紹介する。


脳梗塞で倒れた玉城秀さん(手前)を約12年間介護した姉妹。
左から長女の大城恵子さん、三女の新城幸枝さん、四女の森山千沙代さん(2010年12月19日撮影)​



ランチやショー観覧

 母のため、助手席が昇降する福祉車両を購入。恵子さんは、「夫を運転手にして、私たち三姉妹と母の5人であちこち出かけました」と語る。
 
 外食にショー観覧、ホテルで一泊など積極的に出掛けた。
 外食、といっても秀さんはやわらかいものしか食べられない。自宅ではミキサー食が主だった。「だから事前にお店に電話をして、『そちらのメニューはミキサー食にできますか?』と聞いて、できないと言われたら『ミキサーを持参するので電源をお借りすることはできますか?』って。プロの味を母にも食べさせたかった」と幸枝さん。
 聞いてみるもので、ステーキ店やホテルなどあちこちの店が対応してくれた。


県内のステーキ店で。肉はもちろん、付け合わせなどもミキサー食に対応してくれた
(2014年5月11日)​



 千沙代さんは「恩納村のホテルではミキサー食にしてくれた上、きれいに盛り付けまでしてくださいました。さらに料理長が私たちのテーブルまで来て『勉強になりました。ありがとうございました』と言ってくださったんですよ!」と語る。
 恵子さんは、「外出すると、母はうれしそうで、帰りの車中でも寝ずに外を眺めていた。私たちもうれしくなって、介護も頑張れた」


外出~恩納村のホテルへランチ(中華料理)。母のために特別に介護食を作ってもらう。エビや野菜、とうふなどで形も見た目も良く、味も薄味で、飲み込みやすく、おいしくて満足!!


オムツ替えの場所がない

 外出時に困ったのがオムツ替えだ。「大人用のオムツ替えベッドがある施設は非常に少ない。私たちが使ったことがあるのは、県立博物館・美術館だけ。もっと増えてほしい」と千沙代さん。
 街中のバリアフリーにも思うところがある。「スロープの傾斜が急過ぎて母が顔面から落ちてしまったことがある。坂は後ろ向きに下りるのがセオリーなので私たちにも非はあったけど、ほかにも同じような目にあった人はいるのではないかと思う。積極的に出かけて、声を上げることがバリアフリーの充実につながるはず」と恵子さんは話す。
 2016年、三姉妹は糸満市の実家1階にウイークリーやマンスリー利用もできる『あがりテラス』というバリアフリーの賃貸住宅を建てた。車いすでも使いやすい浴室やトイレも備える。「埼玉県からいらっしゃるリピーターの親子はとってもパワフル。娘さんが寝たきりのお父さんを連れてくる。周りの手を積極的に借りてカフェやライブハウスにも行くんです。外に出ることが、介護する側もされる側にもパワーになっているのだと思う」と幸枝さんは話した。




 

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