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2020年5月29日更新
ミラクルな谷の魅力、発掘して表に|高橋巧さん(「ガンガラーの谷」事業所長)
ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.22>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。
高橋巧さん(「ガンガラーの谷」事業所長)
千葉県出身の高橋巧さんは、南城市にある貴重な鍾乳洞の「埋もれていた価値」を掘り起こして、観光施設「ガンガラーの谷」の開園に道筋をつけた立役者の一人。年間10万人が訪れる同施設で事業所長を務める
大学進学で移住。楽しく生きる手本はうちなーんちゅ
「落語って、噺家が一人、座布団に座って話をするだけなのに、江戸の情景から登場人物の性格まで全部イメージできますよね。当園が目指しているのはあの感じなんです」
自然の神秘を感じる珍しい鍾乳洞の地形や、そこに残された古代の痕跡をガイドの解説とともに鑑賞して楽しむ南城市の観光施設「ガンガラーの谷」。高橋巧さん(47)は、そこで事業所長を務めている。
「お客さまの頭の中は無限大。想像力は無限大です。目の前の谷を見て、海底がどわーっと隆起するさまや、古代人が実際にここで生活していた頃の様子をイメージしていただけるようなご案内の仕方を心がけています」
鍾乳洞の天井が崩れ落ちてできた珍しい地形を楽しめるガンガラーの谷。息をのむダイナミックな風景に出合える
谷全体がミラクル
毎年10万人もの来場者を迎えているガンガラーの谷だが、開園した12年前は今とはずいぶん様子が違っていた。高橋さんの言葉を借りれば、「人々の意識から消え、忘れ去られた」場所だった。その谷を、すぐ隣の「玉泉洞」を運営する「南都」がガイドツアーに特化した観光施設として公開することになり、社員の高橋さんはプランを練ることを命じられた。
「当時は、この谷に価値があると思う人はほとんどいませんでした。ここは絶対におもしろい、すばらしいと考える人は少数派。その一人が自分でした」
琉球大学で地形学を修め、趣味の登山やカヤッキングを通じて日本内外の地形を数多く見て来た高橋さんは“地形通”。その高橋さんにも簡単には解明できない特殊な地形が谷には残っていた。それだけではない。考古学的な価値をもつ数百年前のお墓や拝所、それに、今も発掘作業が続く古代人の遺構などが谷のあちこちに点在していた。
「谷全体がミラクルというか、価値が計り知れない地形や古代人の遺跡がすこーんと残っていて、知れば知るほど『なんだ、これは!』と驚かされてばかりでした」
東京ドームに匹敵する広さの園内には、地形以外にも拝所や古代の遺構などいくつも見所が。神々しい立ち姿の大主(うふしゅ)ガジュマルもその一つ
生き生きとした島人
驚かされたと言えば、千葉県出身の高橋さんが沖縄に移り住んだのも、19歳で一人旅をした沖縄で、ある光景に驚愕したからだ。
「島のおとなたちが皆、生き生きとして楽しそうだったのを見て衝撃を受けたんです。それまで内地で見ていたおとなは、生真面目で、仕事に必死で、つらそうだった。それが沖縄に来てみたら、人々は自然体で、へんに無理をしていなくて、人生を楽しんでいた。ここに住みたい、と思って琉大を受験しました」
それから26年がたち、今では自分も「自然体で、無理をしない」沖縄のおとなの仲間入りができた気がしているという。
「楽しく生きていると思います。まわりにお手本となる人がたくさんいるからでしょうね」
アマチュア冒険家の一面もある高橋さんは、大学時代に標高6千メートル超のデナリ(マッキンリー)の登頂に成功した。「あの時、過酷な道のりを欧米の登山家たちが笑顔で楽しんでいたのを見て人生観が変わった。どんなことも楽しんで生きようと決めました」(写真は高橋さん提供)
埋もれた価値を表に出す
「ミラクルな」谷のおもしろさを12年にわたって紹介してきたガンガラーの谷は、県内でも指折りの人気観光地にまで成長した。「人々の意識から消えていた」谷は、訪れた人の記憶に残る場所になった。そのめざましい変化の陰で高橋さんが果たした役割は小さくない。例えば、園のガイドツアーは、高橋さんが同僚と二人で谷内を徹底的に調査して書き上げたものだ。
「以前は僕自身がガイドとしてお客さんの案内もしていました。ある時、ツアーに渋々参加したお客さんが、『ここすごいね、ありがとう』と言ってくれた時は、谷の良さが認められたことがすごくうれしかった」
歴史的、文化的に価値があるのに、あるいは貴重な自然なのに、人に知られずに埋もれてしまっている場所は、ガンガラーの谷のほかにも県内に多くあるはずだと高橋さんは言う。
「そうした場所の埋もれた価値を発掘して表に出すことにこれからも関わり続けたい。それが、僕が仕事を通して追求していきたいテーマなんじゃないかと、ここ数年考えています」
ガンガラーの谷と周辺のグスクなどをつなげる新たなツアーを企画中だという。どんな埋もれた価値を高橋さんが今後発掘してくれるのか、楽しみだ。
ガンガラーの谷の一日は朝のミーティングから始まる。「スタッフには楽しく働いてそれぞれの人生を輝かせてほしい。そのための職場環境づくりも僕の仕事の一つです」
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あこがれをかなえた白くて四角い家
「長女が小学校に上がる前に一戸建てを持とう」
妻の絵梨子さんとそう決めたものの、思うような家に巡りあえないまま2年が過ぎた。探していたのは、米軍関係者が住む“外人住宅”のような家。あの白くて豆腐形のシンプルなたたずまいが二人とも好きだった。
「あの日も物件巡りをしたものの収穫がなくて、気分転換にと宜野湾市の雑貨店に立ち寄ったんです。そうしたら、イメージしていた四角い箱形のシンプルな家が目の前に。雑貨店が開発したオキナワスタンダードという住宅の模型でした」
外人住宅風の見た目から興味を持ったが、詳しく調べていくと、風を取り込む窓がふんだんに設けられた開放的な建物でありながら、一方で防犯面もしっかりと考えられていたり、間取りを簡単に変えられる可変的な造りになっていたりと、細部まで入念に設計された住宅だと分かった。その上、低コスト。願ったりかなったりだった。
「お向かいの赤瓦屋根を借景に楽しめるすてきな土地が運良く見つかって、32坪の平屋を建てたのが7年前。住んでいて気持ちがいい家だな、と思う気持ちは今も変わりません」
家族5人が自然とリビングに集まってわいわい過ごす時間が多いという。あこがれをかなえた住まいで、一家の幸せな絆が育まれている。
木の実が好きだという絵梨子さんが、自身のルーツのある八重山や旅で訪れたハワイなどから持ち帰った木の実を飾っている古い木箱。世界で一つだけのすてきなインテリアだ
文・写真 馬渕和香(ライター)
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1795号・2020年5月29日紙面から掲載