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2019年1月25日更新

シーサー作りひと筋に、四半世紀|大海陽一さん(シーサー作家)

ヤマトンチュの沖縄ライフ『楽園の暮らし方』<vol.08>
沖縄に移住した人たちの「職」と「住」から見えてくる沖縄暮らしのさまざまな形を紹介します。

シーサー作家
大海陽一さん(大宜味村)


「男はつらいよ」の寅さんの故郷、東京都葛飾区生まれの大海陽一さんは、シーサー作りひと筋25年。沖縄出身の妻、奈緒実さん(左)にゆかりのある大宜味村に窯を構えて壺屋の伝統を受け継ぐシーサーを作り続ける
 

東京出身、壺屋の伝統を受け継ぐ

やきものの街として300年以上の歴史を持つ壺屋。25年前、その街を観光で訪れた大海陽一さん(50)は、一枚の張り紙を目にして散策の足を止めた。やきもの工房が陶工を募集しているという張り紙だった。

「それまで数年間、僕は旅ばかりしていました。アルバイトでお金をためてはアジアや中近東に旅に出かけていました。しかしさすがに旅ばかりしていることにむなしさを感じて、ちゃんと働こうと考えていた矢先に張り紙を見つけたんです」

以前メキシコに滞在した時に、現地のやきもの工房で絵付けの手伝いをして楽しいと感じた思い出も背中を押したのかもしれない。大海さんは思い切って工房の門をたたいた。迎えてくれたのは、棚にずらりと整列したシーサー。そこはやきもの工房といってもシーサーを専門とする製陶所だった。

「シーサーが50対ほど並んでいて、圧巻でした。入った瞬間に、『あ、ここ、いいな』と直感的に感じた。作ってみたい意欲が湧いてきました」


今にも動きだしそうな躍動感があふれる大海さんのシーサー。魔よけとしての迫力だけでなく、見ていてほっこりするような愛嬌(あいきょう)もある。一部の商品をのぞいて一点一点手びねりで作られている
 

楽園のような工房

面接を受けてめでたく採用された大海さんは、工房の2階に住み込みながら働くことになった。東京出身の新米陶工を、親方も先輩たちもかわいがってくれた。親方のお母さんが夕飯を作って食べさせてくれたり、先輩たちが夜な夜な飲みに連れ出してくれたりした。

「楽園にいるとしか思えなかったです。仕事は甘くはなかったけれど、本当にいい職場でした。ぐでんぐでんになるまでお酒を飲んでも翌朝きちんと出勤したのは僕としては初めてのことでした」

シーサーの作り方は、名工として知られる親方の仕事を見ながら覚えていった。夜、街に繰り出さない日は、終業後に工房に残って練習した。自分でも意外なくらい、いくら作っても飽きることがなかった。

「全然うまくならなかったからだと思います(笑)。僕より後から入ってきた後輩の方が上手に作れることもありました。でも器用な人ほど案外早くやめてしまうことも多かった。僕はちっともうまくならなかったから、続けてこられたのだと思います」

4年修業して、独立を決心した。心優しい親方は、「自分がやりたいようにやりなさい」と気持ちよく送り出してくれた。


作品を焼く窯は、数年前に三つの窯元と共同で建てた登り窯。窯の傾斜の加減など、古い壺屋の窯をモデルにしたという


窯出しの翌日、多くの販売業者が買い付けに訪れていた


まり遊びをするシーサーを購入した読谷村の業者、長浜真賢さんは、大海さんのシーサーは「見る人の心をほんわかさせてくれる」と話す。「シーサーは作り手の顔や性格に似てくるとよく言われますが、その通りだと思います」


シーサーの香炉を制作中の大海さん。土台部分が空洞になっていて、中にお香を置いて火をつけると口から煙が出てくる


シーサーは顔が命、かと思いきや、顔以上に胴体が大切なのだという。「意外に思うかもしれませんが、胴体が肝心です。胴体がうまくできればあとは自然にできていきます」
 

自分らしいシーサー

本島北部に窯を構えはしたが、最初の数年は自分の作品だと胸を張れるシーサーを作れなくて苦労した。顔がどうしても親方のシーサーに似てしまうのだ。自分らしいシーサーを探求する過程で、名人たちの作品を研究したこともあった。

「爪はこの人、巻き毛はあの人といった感じでまねしてみたのですが、ヘタクソだから結局はまねし切れなくて(笑)。そうこうするうちに自分のシーサーの顔が出来てきた、というかまだ出来てもいないんですよ」

話にユーモアを織り交ぜてこちらを和ませながら、大海さんの手は器用に動いて注文品のシーサーをみるみる仕上げていく。妻の奈緒実さんによれば、起きている間、大海さんはほとんど手を休めないという。

「夜もビールを隣に置いて、テレビを見ながら作っていますよ」


大宜味村の山中に建つ中古の家を10年ほど前に購入して住まい兼工房にしている。「最初の数年間は水道が通っていなかったので、山水をくんで使っていました。日照りが続くと水が枯れてしまって大変でした(笑)」と妻の奈緒実さん。周りに人家がほとんどなく、山の景色を独り占めする家は、遊びに来る友人たちに好評だという。ここよりさらに山奥に広い土地を持っていて、将来はそこに家と工房を建てる予定だ


大海さんがひょんなことからシーサー職人になって四半世紀が過ぎた。これまでに作ったシーサーはゆうに1万体を超える。来る日も来る日もひたすらシーサーを作りながら、続けることの難しさを感じてもいる。

「好きな仕事とはいえ、飽きることもありますよ。実はシーサー職人になって10年目に、仕事を休んで外国に旅に出たことがあるんです。シーサー作りよりも好きなことがあるかどうか確かめようと思って。でもやっぱりシーサーが好きだったんでしょうね。トルコとチュニジアでシーサーを作って置いてきました(笑)」

あれから旅には出ていない。

「もうそろそろ行かないといけないですね。もっと向いている仕事があるか確かめに(笑)」

2度目の旅でも、きっとまたどこかの国でシーサーを作って置いてくることだろう。


ダイニングルームは仕事場も兼ねている。「たまには気分転換に皿でも作ってみようかと思うのですが、ここに座るとやっぱりシーサーを作り始めてしまうんです(笑)」


文・写真 馬渕和香(ライター)


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1725号・2019年1月25日紙面から掲載

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