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2022年6月2日更新

[沖縄・輝く女性を紹介]彩職賢美|琉球玩具製作者 中村 真理子さん|玩具作り一筋 祖父の跡継ぎ

張り子など沖縄で昔から親しまれてきた「琉球玩具」。その製作の第一人者といわれた祖父の影響で玩具製作に携わって25年ほどになります。昔は旧暦5月4日の「ユッカヌヒー」に親が子どもの健康や幸せを願って玩具を買い与える風習がありました。そんな沖縄の文化・風俗が込められているところに魅力を感じています。

伝統の玩具 次世代へつなぎ

琉球玩具製作者
中村 真理子さん


手作業は苦にならず
依頼者の声を励みに


「琉球玩具製作所 こくら」(那覇市)の中村真理子さんは、琉球玩具作りの第一人者といわれ、その復元に取り組んだ祖父で那覇市無形文化財保持者だった故古倉保文氏の影響で玩具作りに携わり25年ほどになる。

琉球玩具とは、紙で作った張り子や木製の爬竜船(はりゅうせん)、粘土の人形など沖縄の昔の玩具のこと。戦前は、旧暦5月4日の「ユッカヌヒー」に露天の玩具市がたち、親が子どもの健やかな成長を願って玩具を買い与える風習があった。中でも張り子は人気があったという。「沖縄の張り子は、中国や東南アジアの影響が見られ、鮮やかな色彩と独創的な形が特徴。闘牛や闘鶏、琉球国王主催の競馬など、沖縄の文化をモチーフにしたものも多いです。琉球玩具に込められた、子を思う親の気持ちや沖縄の文化・風俗に魅力を感じます」

玩具製作は祖父から学んだ通りに行っている。張り子の製作では、まず木製の型に紙を重ねて貼っていく。乾いた後、それを二つに切ってはがし、それを再び合わせ、顔料を塗る。仕上げに色づけをして顔や模様を描く。「作業工程が多く、製作にだいぶ時間がかかります。特に梅雨時季は乾燥に時間がかかって大変。でも、こつこつ手作業をするのが好きなので性に合っています」

人形の顔を描く時が一番気を使う。古倉さんの教えで、顔を描く時は心静かで穏やかな時を選んでいる。「作り手の気持ちが筆に表れます。焦っていたり、慌てて描くといい表情にならないです」

かつての琉球玩具は、大正末期からブリキやセルロイドの玩具が登場したため、いったんは姿を消した。しかし、戦後、古倉さんら一部の人たちの努力で復元された。「現在は子供の出産祝いや新築祝いなどの贈答品として、また、本土の民芸品店や収集家からも注文があります。『お祝いにもらったが、自分も友人にあげたい』と注文される方もいます。客層は年配の方が多いですが、最近は若い人も増えています」

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おじいちゃん子だった中村さん。小さい頃から祖父の作業場で玩具製作を見ていた。高校生の頃から下塗りなどの手伝いをするようになった。「私が手伝うのを祖父はとても喜んでくれたのがうれしかった。お小遣いもくれたし」とほほ笑む。

1997年に琉球玩具の一つ、張り子の闘牛(ウシアーシ)が全国年賀郵便切手のデザインに採用され、それで張り子の注文が全国から殺到した。古倉さんが大変そうに作業しているのを見かねて、中村さんは作り方を教えてもらいながら本格的に琉球玩具の製作に携わることになった。当時、結婚して子どももおり、家事と育児をこなしがらの作業だった。

2000年に古倉さんが亡くなった。「すでに注文をいただいている分を祖父の代わりに製作する必要がありました。まだ作り方を教えてもらっていなかった玩具もいくつかあり、分からないところは祖父の手伝いをしていた母から聞いたり、玩具を分解して調べたりしました」

そうして完成した玩具をお客に届けた後、お客から喜びの声をはがきや手紙でもらった。「『色がきれい』『継いでくれてありがとう』『このままがんばってください』という言葉がうれしくて、励まされました。その後も注文が絶えず、祖父の跡を継ごうとはっきり心に決めたわけでありませんでしたが、注文をこなしていくうちに自然と跡を継ぐ形で玩具製作に携わり、今に至っています」

後継者がいないのが現在の課題。「いっとき作り手が途絶えたが、祖父ら先人によって復元された琉球玩具を何とかして次世代に残していきたい」と笑顔で語った。

 多彩な琉球玩具 

「琉球玩具製作所 こくら」では、20種類ほどの玩具を製作している。その一部を紹介する。鮮やかな色合いと、沖縄の文化をモチーフにしたものが多いのが特徴だ。中村さんの作品は、県立博物館・美術館や那覇市の伝統工芸館で販売している。


チンチン馬
国王主催の競馬の日に馬場へ急ぐ王様の晴れ姿を模したもの。箱型の台車を引っ張ると馬の首が上下に動き出す仕組みになっている

鳩(ホートゥグァー)
ハトの張り子で、ほのぼのした様子が伝わってくる

闘牛(ウシアーシ)
平成9年の全国年賀郵便切手のデザインに採用された。振り子で頭がユーモラスに動く仕掛け

唐獅子(カラシシ)
緑色の体に赤や黄色の唐草模様が特徴。中国文化の影響を色濃く残している

 頑張った自分へのご褒美 一目ぼれの絵画 

歯科医院の待合室には、絵や米須さんの母親が撮った写真などが飾られている。中でもお気に入りは、開業当時に「温かみのある配色にひかれて」購入した、ロイ・フェアチャイルドの絵=写真。研修で毎週のように通っていた東京の画廊で見つけて、一目ぼれ。「でも、開業したばかりで借金も多く、高価で購入はあきらめていました」。

それでも絵の前から離れられず、ずっと眺めていた米須さん。「そこまで気に入っているなら、買わないと後悔しますよ」。画廊オーナーの一言が、思い切って購入する後押しになった。「絵は値段ではなく出合いが大事。頑張っている自分へのご褒美にしようと思いました。この絵を見ると、初心に返ります」

画廊オーナーは、絵に合わせて額縁までしっかり考えてくれ、額装して沖縄まで送ってくれたそう。絵画は30年たった今も色あせることなく、院内を彩っている。


 展示会で玩具の魅力発信 

コロナ禍の前は、壺屋焼物博物館で開催された県内作家が集う「ユッカヌヒーアート展」に参加し、琉球玩具を展示していた。「状況が落ち着いたらまた展示会などで琉球玩具の魅力を発信したい。また、民芸品が好きだった祖父が収集したコレクションも箱にしまったままなので、いずれ多くの人に見てもらいたいと考えています」と中村さん。

また、2000年には首里城が世界遺産に登録された記念イベントで張り子作りの実演を行った。




プロフィル
なかむら・まりこ
1963年生まれ。那覇市出身。「琉球玩具製作所 こくら」代表。琉球玩具作りの第一人者である祖父の古倉保文氏の影響で、学生の頃から玩具作りを手伝い始め、祖父の晩年から本格的に玩具制作に携わる。2000年に首里城が世界遺産に登録された記念イベントで張り子作りの実演を行う。


今までの彩職賢美 一覧


撮影/比嘉秀明 文/池原拓
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1404>
第1817号 2022年6月2日掲載

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funokinawa編集部

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