彩職賢美
2021年11月4日更新
[沖縄・輝く女性を紹介]彩職賢美|宏信株式会社 代表取締役の唐 宏英(タン・ホンイン)さん|沖縄の県産品をアジアへ輸出
泡盛や黒糖など、沖縄には魅力的な県産品がたくさんあり、中国を中心としたアジアの国に輸出して販売することが私の仕事。より多くの県産品がアジアの国々で知られるようになるまで、私の情熱と信念は消えません。
言葉は「道具」、強みは「情熱」
宏信株式会社
代表取締役
唐 宏英(タン・ホンイン) さん
自身の悩みがヒントに香り付き除菌液を開発
唐(タン)宏英(ホンイン)さんの流ちょうな日本語に驚くと、「20年以上沖縄に住んでいるから」とにっこり。「県内の大学で日本語を学んでいた頃、おすし屋さんで『にぎり』を丁寧に表現したくて『おにぎり2千円分ください』と言ったの。そうしたら普通のおにぎりが出てきてびっくり」と、過去の失敗も今では初対面の相手の緊張を和らげるネタだ。
県内では日本語や経営学、民俗学などを8年学んだ。その経験を生かそうと、中国の大学で教員に。収入も地位も安定していたが、学生に沖縄での経験や独自の文化を伝えるうちに沖縄への郷愁の気持ちが強くなる自分に気付き、同時に「私が教えていることはいつかインターネットで調べれば分かる日が来る」と感じた。軍人だった父の「国と国との交流や経済が安定すれば、平和に近づく」という考えの影響もあり、「沖縄との縁を大切にし、沖縄と中国のビジネス交流に関わる仕事がしたい」と再び沖縄に移り住んだ。
現在は主に貿易事業を行う会社を経営。県内メーカーの協力を得ながら、泡盛や県産黒糖、桑を原材料とした県産品を中国、台湾、シンガポールなどに輸出している。
中国への輸出に1番苦戦したのは泡盛だった。「中国ではお酒は常温か温めて飲む。冷やしたり、氷を入れる飲み方は『体を冷やすから』と嫌がられました。また、日本のように居酒屋でお酒を楽しむ文化もなく、泡盛の良さを伝えるのが難しかった」と振り返る。それでも、「泡盛は他の国がまねできない沖縄ならではの銘酒。黒麹(こうじ)菌で発酵させることや、いろいろな飲み方を発信し続ければ認められるはず」と信じ、中国の代理店スタッフを招いて県内の酒造所を巡り、製法や品質の良さを説明。展示会やスーパーでプロモーションを重ねた。「今では中国の通販で泡盛を購入でき、インターネットでは泡盛の種類や、氷を入れる飲み方などの情報を得られるようになった。ここまで来るのに6年。中国人がお酒を飲む際に自然と泡盛が選択肢の一つになるまで頑張りたい」と目を輝かせる。
仕事で最も大切にしているのが信頼関係。「メーカーの皆さんは私を信頼して商品を預けてくれる。『売れませんでした』と簡単に諦めるわけにはいきません。市場は与えられるものではなく、自ら作るものです」。力強い言葉には大きな責任感が感じられる。
「仕事での強みは語学か」と問いかけると、首を振る。「言葉はあくまで道具の一つ。私の強みは情熱と『沖縄の良い物を広めたい』という信念です。この情熱と信念は、より多くの県産品がアジアで知られるようになるまで消えることはありません」
昨年、コロナ禍で商品の輸出が厳しくなり、県内向けの事業を行う必要性を感じた。そこで着目したのが、「アルコール除菌液で手が荒れ、においも苦手だった」という自身の悩み。それをヒントに県産シークヮーサーとヒアルロン酸を配合したアルコール除菌液を開発した。開発中はバイヤーから「香りはいらない」と反対され、販路開拓も苦戦。しかし、「男女に受け入れられやすい香り。沖縄らしさを感じられ、観光客にも癒やしを与えられるはず」との思いで商談を重ね、今では販売店が増えたほか、学校や銀行、ホテルなどでも使用されている。「私の考えは間違っていなかったと思います。同時に、多くの方々の協力があったからこそ、県内での製造を実現でき、販路を拡大できました」と周囲への感謝の思いを口にする。
現在は自社ブランドのお菓子を開発するため、沖縄の昔ながらのお菓子について勉強中。唐さんの歩みは止まらない。
各国の情報収集が日課 好きな場所は空港
ウオーキングや家事などをしながら、中国、台湾、シンガポール、日本のニュースを聞いて情報を収集するのが日課。コロナ前は、各国のバイヤーとの話についていくことや、会話のネタ探しが主な目的だったが、「コロナ禍になってからは、現地の社会経済や市場の動向、消費者の行動の変化などを把握するために、さまざまなニュースを参考にしている」と言う。
好きな場所は、「エネルギーをもらえるような気がする」という、空港や那覇市の国際通り。「人が動いている姿を見るのが好き」。特に空港ではビジネスや観光で行き来する人たちの様子を目にすることができる。その姿から、「現地の経済状況や人々の生活のレベルを感じ取ることができる。そして、スーツケースを意気揚々と引く人たちに出会うことで『世界は一つで、常に動いている。世界は平和だ』と思えてワクワクした気持ちになる」のだとか。
教え子の頑張る姿が自らの励みに
「唐先生、私たちはあなたのことがとってもとっても大好き」と書かれた色紙の表紙
中面には27人の学生からのメッセージが書かれている
中国では、9月10日は恩師に感謝の思いを伝える「教師の日」。「大学で教壇に立ったのは約20年も前。それなのに、今も毎年その日には、教え子たちから連絡が来るの」とメッセージが並ぶスマートフォンを見せる。宝物は、起業した2015年に教え子たちから届いた色紙=写真。「彼らは今8カ国でそれぞれ生活している。どうやって色紙を回したのか分からないけれど、みんな自筆。すごくうれしい」と目を輝かせる。
また、過去には教え子たちが唐さんに会うために来沖したことも。「わざわざ会いに来てくれた」と振り返る。「彼らは、国内だけでなく、日本やアジア各地で頑張っている。その姿を想像すると、私も負けずに頑張ろうと思う。もっと多くの商品を、中国やアジアの人々に知ってもらいたい」と意気込みを語る。
プロフィル
タン・ホンイン
1970年、中国の重慶市出身。同国の西安大学卒業後、チベットのホテルで2年間勤務。1994年に来沖し、沖縄大学で2年間日本語を、4年間経営学を学んだ後、沖縄国際大学大学院で2年間民俗学を学ぶ。その後中国の寧波大学で日本語や日本史の教員を務め、再度沖縄へ。健康食品を取り扱う県内企業で働いた後、2015年に宏信株式会社を設立。
撮影/比嘉秀明 文/比嘉知可乃
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1392>
第1787号 2021年11月4日掲載