彩職賢美
2021年4月1日更新
[彩職賢美]中村印刷株式会社 代表取締役 知念由紀さん|五感で楽しむ活版印刷を発信
両親が印刷会社を営んでいたことで、印刷業は身近な存在でした。古い技術である活版印刷の良さは、見て、触って、その風合いを五感で楽しめること。お客さまの要望に応えながら、私たちならではの新しい活版印刷を発信したいです。
温故知新で思いを形に
中村印刷株式会社 代表取締役
知念由紀 さん
事業承継で困難乗り越え
沖縄感じる印刷を築く
差し出された名刺に衝撃を受けた。厚紙の手触りを確かめ、印字された文字の凹凸を思わず指でなぞる。鉛でできた文字(活字)を組み合わせてインクを塗り、紙に文字を印刷する歴史ある技法「活版印刷」で作られたもので、その技術を提供できる企業は限られている。
中村印刷株式会社の事務所兼工房では、活版印刷専用の機械が並び、訪れる人の興味を引く。代表の知念由紀さん(46)は「本来は文字の凹凸がないのが高い技術の証し。しかし、凹凸がある文字を求めるニーズに応えたくて」と同社のスタイルを語る。「活版印刷の魅力は、見て、触って、その風合いを五感で楽しめること。レトロ感や素朴さも感じてもらえたら」
印刷業に携わって20年以上。6年前、東京のイベントで活版印刷の紙雑貨を目にして「どうやって作っているのだろう。作ってみたい」と思うように。変化の早い印刷業の中で「自分がやりたい印刷」を模索している時だった。印刷業を営む父のつてで、使っていない古い活版印刷の機械を譲ってもらい、社員として招いた友人は活版印刷の技術者として自身を支えてくれる存在になった。
「頭でイメージしたものを形にできるのが印刷業の面白さ」。現在では活版印刷で、名刺や、オリジナルノート、手帳カバーなどさまざまなオーダーを受け付けている。
自身の性格について「人に驚きと感動を与えることが好き」と表現。「活版印刷で仕上がった製品を見たときのお客さまの喜ぶ顔が1番のやりがい。活版印刷のアイテムは個性を表現しやすく、物への愛着が湧く。大切に扱うことでエコにもつながれば」。そう語る表情からは仕事を楽しんでいる様子が感じられる。
小学生の頃に習い始めた書道は高校卒業後に専門学校で技術を磨いた。両親が営む印刷会社に入社後、「お酒のラベルを筆文字で書いて」という依頼がきっかけで商業書道に触れ「書道が仕事になると知り、驚いた」。商品やコンセプトによって書体を書き分けることに苦戦したが、「自分だからこそできる仕事だ」と信じ、30代で県外の商業書道家養成スクールに入会。仕事や育児の合間に技術を習得し、筆文字のデザインが同社の事業の一つになった。
プライベートでは3児の母。仕事で受講したセミナーは子育てにも役立ち、「四六時中子どもと一緒にいることが大事ではなく、一緒に過ごす時間にどれだけ愛情を伝えられるかが大切だと学んだ」。過去には頭ごなしに怒ることもあったが「子どもも一人の人間。それぞれの考え方を受け止めよう」と考えるように。以来、子どもたち一人一人に合わせて接している。
2017年、活版印刷により注力するため独自の会社を設立した。自身の給与を得られないほどの資金不足に陥ったことが最大のピンチ。「会社の課題を一人で抱え込み、解決策を見つけられなかったことが原因」と振り返る。交流があった経営者たちからのアドバイスや、両親の会社を統合して事業を引き継ぎ、乗り越えた。「時には人に相談することや、頼ることも大切だと気付いた。両親にも助けてもらい、感謝している」
シーサーやヤンバルクイナの柄をあしらったはがきなど、沖縄らしい活版印刷の商品は年々充実。今後の目標は、いつか自身が活版印刷に魅了された東京のイベントに出展すること。「『沖縄』を感じさせるデザインで、私たちらしい活版印刷を築き上げたい。温故知新の精神を持つ技術者としてお客さまの想(おも)いをカタチにします」。企業理念に掲げた思いはこれからも変わらない。
筆文字も強み
知念さんが描いた筆文字のデザイン。特技の書道が生かされている(知念さん提供)
企業のロゴや商品のラベル、ポスターの文字を筆で描く商業書道も同社の強み。「商品のコンセプトや、ターゲットによって書体を変えることが重要」と知念さん。過去には公募で県内のテレビ局の開局記念ロゴや、市町村のイベントのポスターに選ばれたこともある。
凹凸ある活版印刷 イベントで魅力伝える
知念さん提供
同社の活版印刷は、厚紙と凹凸ある文字が特徴=写真。「名刺を受け取った人が、その見た目が印象的だったと、自分用のものを注文することも増えました」
今年の1月には、活版印刷で作った名刺を並べた「活版印刷の名刺展」を開催。「とても好評だったので、またイベントを開催したいです」
趣味は着物・ドライブ
着物姿の知念さん。パーティーや女子会などで着物を着てファッションを楽しんでいる(知念さん提供)
着物の着付けが上手な母の影響もあって、昨年秋ごろから着物の着付けを習い始めた。「もっと日常的に着物を着たいと思ったことがきっかけ。着物の良さは個性が表現できるところ。気が引き締まり、所作が美しくなります」と笑顔で話す。
仕事で頭がいっぱいになったら一人でドライブ。「行先も決めずに出発して、心が赴くままの方角へ。考えがまとまり、頭がスッキリします」
◆中村印刷株式会社 ☎098・835・6560
プロフィル
ちねん・ゆき
1975年、南風原町出身。高校卒業後、東京都の日本書道専門学校へ進学・卒業。21歳の時に両親が営む印刷会社トマトプリントに入社。30代で商業書道を学ぶために、福岡県の商業書道家養成スクールに入会。2017年に活版印刷を手掛ける中村印刷株式会社を立ち上げた。
[今までの彩職賢美 一覧]
撮影/比嘉秀明 文/比嘉知可乃
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1379>
第1756号 2021年4月1日掲載
この記事のキュレーター
- スタッフ
- 比嘉知可乃
これまでに書いた記事:126
新人プランナー(企画・編集)
1990年生まれ、うるま市出身。365日ダイエット中。
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