豊食堂のピースフルな時間  煮付けを注文する|新城和博のコラム|fun okinawa~ほーむぷらざ~

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新城和博

2020年2月4日更新

豊食堂のピースフルな時間  煮付けを注文する|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.68|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。


豊食堂のピースフルな時間
煮付けを注文する


 いよいよ「煮付け」を注文する歳になった。
 ここんところ足しげく通っている太平通り商店街―牧志公設市場界隈(かいわい)にある通りのひとつ―に、ちいさな食堂がある。水上店舗に軒をかまえる店のひとつで、あまりにも風景にとけ込んでいるので、常連客以外、そこにあることを気づかれないであろう、たたずまい。
 小さいときからずっと歩いていた太平通りは、この界隈で一番雰囲気が変わらない、いまも地元客でにぎわっている通りだ。「豊食堂」もたぶん昔からあるはずだが、ぼくは一度も入ったことはなかった。ごく普通の沖縄の食堂としても小さな部類にはいるであろう。昭和三十年代の映画のセットのような入り口とメニューサンプル。狭い店内ぜんたいが、古ぼけたガラス越しに見える。お客さんは小さなテーブルに挟まれたいすにちょこんと座っている。そのちょこんとした感じに、ぼくなんか若造が入っていいのかしらん、と無意識に思っていたのかもしれない。しかし市場周辺がここにきて加速度的に変化しているなか、その変わらない風情をしっかりと味わおうと、はじめて豊食堂に入ったのが去年の秋のこと。



 ああじぶんの小さい頃の食堂ってこんな感じだったよなぁ。思った以上に小さな店内に思わず笑みがこぼれる(のを押さえるのだが)。お客さんはおばぁっちゃんが数人、ちょこんと座っている。穏やかな時間が、店内を満たしている。ゆっくり注文して、静かに出てくる料理を、やわらかく食べる、買い物帰りのおばぁちゃんたち。なんてピースフルな光景なんだろう。おばぁちゃんたちが注文するのは、ほとんど「煮付け」である。持ち帰りで頼むおばぁちゃんも多い。おうちにいるおじぃに食べさせるのだ。きっと。
 よくよく考えると、食堂のスタンダードなメニューのなかでも特に異彩を放っているネーミング「煮付け」。いったい何が出てくるのか。沖縄の食文化に精通しているか、地元民じゃないと意味がわからないだろう。一言でいえば、沖縄の行事で、うさぎられる食べ物(供物)をウサンデーする(供えたものを下げてみんなでいただく)さいに、煮付けて食べる家庭料理だ。行事食を再調理しているわけである。さっと食べたいから、煮込むのではなく煮付けるのだ。
 三枚肉、豆腐、かまぼこ、昆布、ねじりこんにゃく、大根といった、伝統的な行事には欠かせない「重箱」に詰められている、ウサンデー・オール・スターズを基本として、煮付けておいしいその他の野菜、穀物を加えて、食堂のメニューとして並んでいるのが、「煮付け」である。だから食堂ごとに微妙に内容は違う。

 煮付けを頼むことが出来るのは年配の方々。というか、若い頃のぼくは、わざわざ食堂で頼むものなのか、という意識があったに違いない。考えてみると、食堂で頼むメニューというのも、人生の段階において、それぞれ違ってきたように思う。小さい頃は「ぜんざい」「沖縄そば」。やがて食欲旺盛なころには、Aランチやら野菜いためやらチャンプルーやら、ボリューミーな丼物になり、そこに「みそ汁」や「ちゃんぽん」といった、他府県でもありそうだが実は沖縄独自で進化していったメニューが加わり、家庭で普通に名付けられることなく食べていた「ポーク卵」にも食堂ごとにバリエーションがあることを知り、さらに中年となって実は沖縄料理はカツオだしが効いていることに気づき、胃に優しげな「中身汁」、なんだかそのホワイティーな感じがおしゃれにさえ感じて「ゆしどうふ」なども注文していく………。そうした段階を経て、ふと静かに自分の半生を振り返るかのように、重箱のウサンデーではなくて、「煮付け」を食堂で頼む日がくる。

 あまりにも平和な空気に抱かれた豊食堂で、ついつい夢想が過ぎてしまった。気がついたら初めて食堂で頼んだ煮付けをきれいに平らげていた。ぼくより先に注文して食べていた隣のおばぁちゃんはまだひとり静かに煮付けをもぐもぐしている。
 ぼくも煮付けをしみじみとおいしく感じる歳になったのだなぁ。大人の階段を上ったのかもしれない。いや、人生の階段を静かに下り始めたというところか。ゆっくり下りていこう……。



 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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