コロナ禍・物価高を乗り越えて 創業60年の「元祖ソーキそば」店 女性取締役が抱く思い|彩職賢美リターンズ

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創業60年を迎えた「元祖ソーキそば・我部祖河食堂」。その味を受け継ぎ、県内7店舗を展開する有限会社まあさんどの田畑ユカリさん(64)。食堂を経営しながら長男と障がいのある双子を育て上げ、コロナ禍や物価高といった時代の波も乗り越えてきた。根底にあるのは「地元に愛される庶民の味を守りたい」という強い思いだ。(編集部/栄野川里奈子、撮影/桑村ヒロシ)

有限会社まあさんど 取締役の田畑ユカリさん(64)

経営も子育ても、いっぽいっぽ

60年前、精肉鮮魚店を営んでいた父が「余ったソーキがもったいない」と、友人との雑談からアイデアを得て生まれたのが「ソーキそば」。すぐに掘っ立て小屋でそば屋をオープンし、私の物心がついた頃にはお店がありました。

20代は東京で日本舞踊の修業をし資格を得て帰郷。日本舞踊を教えていたのですが、結婚を機に31歳、夫婦で「我部祖河そば 牧港店」をオープン。その後、複数の店舗を開きました。

早産で生まれた障がいのある双子

大きな転機は、双子の出産です。分娩(ぶんべん)台で泣き声一つ聞こえない-。双子の次男と長女は7カ月の早産で、わずか1千グラムで生まれました。脳性まひで手足に障がいが残ると知った時は、後悔と懺悔の気持ちで泣き明かしました。

ですが、目の前の子どもたちはとにかくいとおしく、「どう育てていこう」と思い直すのに時間はかかりませんでした。

その後、離婚。子育てと仕事を両立させるため、食堂の経営一本に絞ると腹をくくりました。そこから、育児と現場を回す怒濤(どとう)の日々が始まりました。

療育を経て、小学校は「地域のお友達と一緒に学ばせたい」と普通学校を希望。私立も含めていくつもの学校に断られたのですが、「私が付き添い、階段は抱っこして移動します」と交渉の末、受け入れてもらいました。

双子が低学年のうちは学校に付きっきり。早朝に店で仕込みをして登校。日中は2クラスが見えるオープン教室で二人を見守りながら、メールで店とやりとり。学校が終わると店に戻り、仕込みと店長の指導をする毎日でした。

そんな中、双子のことを周囲に知ってほしくて絵本「いっぽいっぽ」を執筆。読み聞かせや講演もしました。「せっかく学校にいるから」とPTA会長に就任。仲間に恵まれ、とても楽しかったです。

地域の方々にも温かく支えていただきました。高学年になり、双子が「2人だけで学校に行きたい」と登校し始めました。道中、階段が上れずに泣き出し、隠れてついて行った私が抱き上げる…ということが度々ありました。その様子を見ていた地域の方が学校に相談し、階段にスロープをつけてくれたんです。

おかげさまで子どもたちは小学校をほぼ皆出席で卒業。市で表彰されたことは、今も鮮やかに記憶に残っています。

事業の拡大と支えてくれた姉

複数の店舗を経営する中、味がぶれないよう2008年、セントラルキッチン(集中調理室)を導入しました。店舗やスタッフが変わっても、豚骨をメインにかつおだしをブレンドしたスープ、自家製麺、ボリューム満点のお肉という「沖縄そばらしい沖縄そば」の品質を守るためです。

彩職賢美に出たのは、調理室を立ち上げた2年後。長男が高校合格。長女が絵画の受賞で上京、次男は少年の主張に優勝し上京と、うれしいニュースが続いた年です。リーマンショックの影響で資金繰りへ影響が出始めたころでしたが、さらに頑張ろうと前向きな気持になりました。

ところがその翌年、人生で最も苦しいできごとが起きました。姉との別れです。姉は、離婚、子育て、経営難と苦しい時期に常に私を支えてくれ、会社の名付け親でもありました。資金繰りも厳しさを増し、途方に暮れましたが、「親より先に旅立った姉の分まで頑張らなければ」と心を奮い立たせました。

昔ながらの食堂目指し、庶民の味を守りたい

沖縄そばは庶民の味、価格はなるべく上げたくありません。しかし、大手外食チェーンの進出やコロナ禍、原価高騰など、時代の変化は大きく、常に対応を迫られてきました。

そんな中で続けてこられたのは、地元のお客さまがあってこそ。大変なことは数々ありますが、お客さまの「おいしかった」「また来るね」が何よりの喜びです。時代が変わっても、原点は「地元の人に喜んでもらえる、手頃でおいしいそば」。目指しているのは、自然とくつろげる昔ながらの沖縄の食堂です。

食堂の経営に携わって35年。まだまだ未熟ですが、当初から支えてくれるベテランスタッフがいて、息子たちも一緒に働いています。「ここで働けてよかった」と思える会社にしたいです。

目標は、今も現役で店に立つ両親です。父は98歳、母は100歳。週1回の定休日さえ「休みはいらない」と楽しそうに働く姿を見ると、気が引き締まります。これからも一歩一歩、歩んでいきます。

絵本「いっぽいっぽ」に込めた思い

「どんなに つらいことも くるしいことも かぞく みんなで 力をあわせて のりこえて いくのじゃ そうすれば、まことのしあわせが かならず まっておるぞ」(いっぽいっぽより)。

「障がいがありながら、頑張っている子どもたちのことを知ってほしい」と双子が小学2年生の時に絵本を執筆した田畑さん。事実を基に困難を乗り越えて成長していく双子の姿を書いた。絵を描いたのは、我部祖河食堂のスタッフだ。

大きな紙芝居。さまざまな場所で読み聞かせをしてきた

出版イベントをきっかけに、2005年に「いっぽいっぽ」、その後3冊を出版。最新作は「ぼくハッピー ペットをすてないで!」。すべて文芸社発行。

田畑さんは3冊目「いっぽいっぽ大すきミント編」の後書きで、「私を母として選んでくれた子どもたちに感謝せずにはいられない。子どもたちがいなければ、どう生きていくかなんて考えることがあっただろうか」と率直な思いをつづっている。

執筆した絵本4冊はすべて実話がベースだ

プロフィル

たばた・ゆかり
1961年名護市出身、県立名護高校卒業。91年に我部祖河そば牧港店を開く。2003年に有限会社まあさんどを設立、「元祖ソーキそば・我部祖河食堂」7店舗を経営。05年絵本「いっぽいっぽ」を出版。3人の母。

2010年10月14日号に掲載

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毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」彩職賢美リターンズ(39)
第2044号(2026年10月15日発行)より転載