つらさを曲に変えて歌い続けるロック|彩職賢美

ロックバンド「JUPITER Okinawa」 ボーカルのSATOMIさん(66)

SATOMIさん(66)は、ロックバンド「JUPITER Okinawa(ジュピター・オキナワ)」を結成して43年。身近な人たちとの別れに呼吸器系の疾患を発症―。マイナスなできごとが積み重なる中で、2025年「Nobody is perfect 完璧な人なんていない」と吹っ切れたという。つらさを曲に変えて、「少しでもうまくなりたい」とマイクを握り続ける。   

写真左から、KEIJIさん(ベース)、SATOMIさん、ATSUSHIさん(ドラム)、 BENNYさん(ギター)、TAKASHIさん(キーボード)

バンド結成43年、音楽がすべて

病や相次ぐ別れ経て 102%で臨むステージ

5月のライブで、SATOMIさんは、ハスキーな歌声でハードロックをソウルフルに歌い上げた。その熱量に引き寄せられるように観客が前に押し寄せ、拳を突きあげる。会場のボルテージが上がる。「ステージに立つ前は、毎回これが最後かもしれないと思っている」という本人の言葉が信じられないほど、パワフルなステージだ。

初めてバンドを組んだのは大学時代。卒業後、バンド「ジュピター」を結成し、基地のクラブを回った。ワンボックスカーに機材を詰め込み、自分たちで音響までセッティングする日々。タバコの煙が立ちこめる中、同年代の米兵を前に、オジー・オズボーン、レッド・ツェッペリンといった海外のハードロックバンドの曲をコピーして歌った。「バンドメンバーの技術がすごくて、ついていくのに必死でした」

その後、沖縄市のライブハウス「CANNON」の専属バンドとして活動。1日6回ステージに立ち、県内外のミュージシャンともセッション。演奏技術やパフォーマンスに磨きをかけた。

30歳で結婚後、バンド活動を休止。数年後、バンド活動を再開し、オリジナル曲の制作を始めてファーストアルバムをリリースした。「世界を好きなように作れる」と曲作りの楽しさに目覚めた。その後2枚のアルバムをリリースし、定期的にライブを開催。夫と音楽スタジオを運営しながら、音楽と共に生活をしてきた。


華やかな経歴の一方で、子どものころから体調不良に悩まされてきた。学生時代は足が悪く、体育は休んだ。32歳で過敏性腸症候群となり、慢性的な腹痛に悩まされるようになった。数年前から愛犬や親しい人との別れが続き、昨年の暮れには呼吸器系の疾患も発症。「声が出なくなるかも」という恐怖に直面した。人生にマイナスが重なっていた。

そんな中、迎えた年明けのライブで、思うように声が出なかった。夜中、つらさがこみあげてきて、一人自宅の廊下で泣いた。その時、ふとおなかが空腹でグーッと鳴った。「こんな時なのにと笑えてきて。それから不調を抱えながらライブをしたり家のことをしたり、私頑張ってるじゃん、と思えたんですよね。人生で初めて自分を受け入れられた」。それは、SATOMIさんにとって大きな変化だった。今も朝起きると、どこかが痛い。それでも「世間的にえらくなくても、頑張っている」と自分をいとおしく思う。

過敏性腸症候群を発症してからは外出や外食に制限があり、「音楽が人生のすべて。バンドメンバーに感謝しかない」と言う。つらいこともうれしいことも、曲にしてきた。「具合が悪かったり、手を見て年を取ったなと思ったり、すべてが曲になる。しんどかった時の曲に、自分自身が励まされることもある」

2026年4月、バンド結成時から歌ってきたカバー曲『Home Sweet Home』(Mötley Crüe モトリー・クルー)を配信リリースした。故郷を思う歌は当時、米兵に支持された。時代や国を超えて、多くのリスナーからのリクエストに応えての配信となった。

取材中「私は不器用」と何度も口にしたSATOMIさん。「自分の持てる力が100だとしたら101%、102%を出したい」と全力で音楽に向き合う。「やめときゃいいのに、新しいことがしたくなる。次はジャンルを超えた壮大な曲作りに挑戦したい」と笑う姿は楽しげだ。現在は、8月8日のライブハウス「モッズ」(北谷町)でのライブに向けて練習に励む。音楽と共に43年、次に開くのはどんな扉なのだろう。

衣装で魅せる クラシカルな世界観

「普段はショートカットにTシャツ姿。中学生みたいなんですよ」と笑うが、ステージ上のSATOMIさんは華やかだ。

ライブを彩る衣装=下写真=は、ネットショップなどで探したもの。「昔からクラシックなものやダークな雰囲気、ゴスロリ(ゴシック・アンド・ロリータ)が好き」とSATOMIさん。クローゼットに並ぶステージ衣装は、レースやフリルをあしらったドレス、ゴールドの刺繍が目を引くノーブルなジャケットなど、クラシカルな雰囲気だ。ブーツも欠かせないアイテムで、いくつか持っている。

5月のライブ=下写真=では、ラメ入りのフレアパンツに黒のシースルートップスを合わせて、クールにまとめた。

何種類ものウィッグや帽子をストックし、ライブのコンセプトに合わせてコーディネートする。楽曲と衣装が織りなす世界観に魅了されるファンも多い。

走ることで、日々を「スペシャル」に

26年の1月から自宅のランニングマシーンで走り続けているSATOMIさん。きっかけは、体の痛みだった。「朝起きてから寝るまで、ずっとどこかが痛い。もういいや、走っちゃえ!」と、ハードロックを聴きながら走り始めた。

今も1日15分~30分、お気に入りの曲を聴きながらランニングする。時には走りながら「頭の中の図書室」にこもり、じっくりと考え事を巡らせることもあるという。

中高時代は足が悪く、体育の授業を休んでいたSATOMIさん。運動らしい運動は、これが初めてだ。「夜中、仕事の合間に走るのですが、走り終えるとすべてがリセットされて、何でもない1日がスペシャルな日に変わる。怠け者の私が続けられるなんて」と笑う。心身を整えるランニングは、欠かせない日課だ。

プロフィル

さとみ
1959年沖縄市生まれ。沖縄大学短期学部卒業後、83年「ジュピター」を結成。ボーカルとして、米軍基地のクラブで演奏活動をスタート。その後、沖縄市のライブハウスで専属バンドとして毎晩ステージに立つ。95年から夫と共に「STUDIO FILL☆IN」を運営。26年バンド名を「JUPITER Okinawa」に改め、4月にカバーソング「HOME SWEET HOME」を配信リリース。


取材/栄野川里奈子 撮影/比嘉秀明
毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」彩職賢美〈1462〉
第2030号(2026年7月9日発行)より転載