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2020年2月6日更新

[彩職賢美]児童文学作家の上條さなえさん|書き続けることが私のメッセージ

沖縄へ移住してことしで5年目、第二の人生を謳歌(おうか)しています。学生時代から興味のあった沖縄で児童文学作家として活動できることがうれしい。同じ世代の人たちに「69歳の私でも書けるんだよ」と伝えたい。また、何かをやりたくても一歩踏み出せない人たちのために励みになるよう、書き続けることが大事だと思っています。

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幼少期の体験が作家の原点

児童文学作家
上條さなえ
 
さん

37歳で作家デビュー 沖縄への思いも作品に

「自分の書いた本に囲まれると、『よくやってきたな~』と実感します」と児童文学作家の上條さなえさん(69)。37歳でのデビュー作で、夫の幼少期の出来事をつづった「さんまマーチ」をはじめ、個性あふれる少年と少女の友情を描いた「コロッケ天使」など著書は59冊に上る。

日本そばの店を営む夫とともに活動拠点を沖縄に移してことしで5年目。もともと、執筆活動の傍ら埼玉県で児童館の館長や教育委員長を務めていた上條さんは「名誉ある仕事を任され、充実した毎日でしたが、慌ただしい日々に疲れを感じていました。一方で、学生時代の歴史の授業は本土の歴史ばかりで、沖縄に触れることがなく、沖縄をもっと知りたいとの強い思いもあり、心安らぐ地を求めて移住を決めました」と話す。

現在も沖縄学の書籍を読みながら沖縄の歴史や文化を学ぶほか、新聞やテレビ、人の話を聞き、執筆のヒントにしている。作家の仕事は定期的な収入はなく、自分を律することが欠かせないが、人に拘束されない幸せを感じている。執筆の際は「周りの声を遮断します。誰とも話をしません。人と話すと言葉が出ていっちゃって、いい表現を文章に落とし込めない」という。

これまで著書に込めてきたのは「食べ物にまつわる物語」や「親子の絆」、「いじめで命を落とさないでほしい」といった思い。それは、小学校のころ過ごした養護学園(児童養護施設)でのいじめ体験、家庭環境の複雑さからくる貧困や両親とのすれ違いなどが基になっている。


2006年に出版された「10歳の放浪記」は、上條さんの少女時代の体験を描きベストセラーになった。今でも思い出すと涙が出るほどつらい経験だ。小学校5年生のころ、父親の事業の失敗で一家は離散。父親に引き取られたが、家はなく、簡易宿泊所をわたり歩く日々。母や姉とも離ればなれになり、学校へも通えず、おなかをすかせ、ホームレス同然の生活を送っていたという。そんな中、姉の援助があり養護学園に入学。つらい生活ながらも一筋の光を見いだす。

「私は養護学園でいじめにあい、そのつらさを毎日日記につづっていて、その日記を読んだ先生が『気付いてあげず申し訳ない』と謝ってくれた時に日記ってすごいと思いました」。中学校では、卒業式に答辞を任され、読み上げた際、周りの人たちの泣く声に驚き、文章は人を感動させられるほどの力があることを実感した。

大学卒業後は小学校の教員に就いた上條さんだったが、教師としての力不足を感じ、4年半で退職。その後、友人から縁談を勧められ結婚した。「やっと落ち着いた暮らしができる」と思った矢先、役所から「生活保護を受けているお父さんを助けてほしい」と連絡が。「夫に迷惑をかけず、父に援助ができないか」と考え、「私にできることは書くこと」と、新聞や雑誌の懸賞金がある公募情報に小説や児童文学などを投稿。獲得した賞金を父に送る生活を父が亡くなるまでの5年間続けた。

そんな中、転機が訪れる。「父への支援の悩みがなくなり、投稿をやめようとしたところに、私の作品を読んでくれた出版社からシリーズで書いてほしいと依頼があり、児童文学を書き続けることにしました」と振り返る。

夫の転勤で埼玉県に移った際は、児童書が縁で児童館の館長を任され、さらに県の教育委員長を務めるなど子どもに関わる活動にも従事した。

「今思えば貧しさがあったから、書かざるを得なかった。父が作家にしてくれたのかも。どんなつらいことがあっても『あのころに比べたら…』と踏ん張れる」。そんな過去の体験が自分を奮い立たせる原動力となっている。

「今後は、児童文学を書きたい人のための講座もやってみたい」と目を細めた。 


講演会で小学校時の体験を告白

2020年1月18日に「私が童話を書く理由」をテーマに上條さんの講演会が宜野湾市民図書館で開かれた。講演会では、小学校のころのつらい体験談を中心に語りながらも、夫婦生活や失敗談など、笑いを誘う軽快なトークに参加者も大満足した様子だった。上條さんは「私でも書けるのだから、誰でも努力すれば大丈夫。これから作家を目指す人も挑戦してほしい」とメッセージを送った。現在は体験談も含め、県内外から講演依頼も増加。新たな執筆も抱えている。土・日曜は夫の営む日本そば屋のおかみとしても忙しい。


沖縄テーマにした作品

沖縄をテーマにした作品の「ぼくのおじいちゃん、ぼくの沖縄」や「わすれたって、いいんだよ」、「月と珊瑚」。沖縄の現状を描写した「月と珊瑚」は昨年7月に出た新作(左)。上條さんは、「沖縄には歌だったり、踊りだったり芸の達者な人が多いことや、子どもの貧困や本土との学力の差、米軍基地の問題といった事実を書きました。多くの人が読みやすい物語になっていると思います」と話す。同書は県内の書店などで発売中。


上條さんのパワーの種

上條さん提供

Q.休日の楽しみは?

休みを利用して、旅行に行くのが楽しみ。特に韓国の釜山には年に数回ほど訪れます。生前に母がよく口にしていたのが、「戦前に夫の転勤で過ごした、釜山の風景をもう1度見たい」でした。そのため、1年に数回は釜山を訪れ、母の遺影も持って、きれいな景色を一緒に眺めています。

また、おいしいものを食べることも楽しみ。釜山での食事は品数豊富=写真=で大満足。昔は食べたくても食べられないことがあったからか、食べることに関しては執着心が強いんです(笑)。おいしいものを食べて、また頑張ろうって気持ちにリセットできます。




プロフィル
かみじょう・さなえ

1950年、東京都出身。小学校教員を経て1987年、「さんまマーチ」で児童文学作家としてデビュー。作家生活の傍ら、埼玉県の児童館館長を11年間務めたほか、2002年~2006年、埼玉県教育委員会の教育委員、同委員長を務めた。小学校5年生のころのつらい体験をつづった「10歳の放浪記」や「キャラメルの木」など著作も多数。2015年、活動拠点を沖縄に移し「ぼくのおじいちゃん、ぼくの沖縄」、「わすれたって、いいんだよ」など沖縄をテーマにした作品も手掛ける。


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今までの彩職賢美 一覧


撮影/比嘉秀明 編集/安里則哉
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1354>
第1697号 2020年2月6日掲載

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スタッフ
安里則哉

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編集者
日々、課題ばかりですが、取材ではできる限り、対象者の人間性が引き出せたらと思い、仕事に努めています。食べることが大好き。そのためダイエットにも力を入れたところですが、いまだ実現せず(笑)。

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