彩職賢美
2019年10月17日更新
[彩職賢美]牧港中央病院事業部国際連携係主任の知念龍潔玉(ロンキエット)さん|医療通訳として患者に寄り添う
私はベトナムで生まれ、ボートピープル(難民)として子どものころアメリカに渡り、いろいろな人に助けられてここまできました。今、医療通訳として患者さんの役に立てることが心からうれしいです。
毎日が学びとチャレンジ
医療通訳、医療コーディネーション
知念 龍潔玉 さん
日々進歩する医療現場で患者さん一人一人と共に
ベトナム、アメリカ、台湾を経て、沖縄で暮らす知念龍潔玉(ロンキエット)さん(50)。広東語、北京語、英語、日本語を使いこなす。アメリカで教育、台湾で中国文学を学び、さまざまな仕事に就いた。「10歳の時、ボートピープル(難民)として肉親をベトナムに残したまま渡米しました。その後、進学、就職と順調に進んでこれたのは、周りの人の助けがあったおかげ」と感謝をする。
忘れられない出来事がある。アメリカでの大学時代、学費や教材費、医療保険代などを払うために三つのアルバイトを掛け持ちしていた。それを耳にした一人の先生が、教科書を購入してくれた。「今まで受けた恩を、多くの人に役立つことで返していきたい」。その思いが、パワーの源だ。
3年前から、浦添市の牧港中央病院で英語と中国語の医療通訳、医療者と患者をつなぐ医療コーディネーションを行っている。
循環器系(心臓や血管に関する疾患)専門の病院で、患者は主に米軍関係のアメリカ人やその家族、透析を受ける海外からの旅行者などだ。患者とは受け付けから診察が終わるまで、一緒に過ごす。「患者さんは健康の不安に加えて、外国の病院にいる心細さを感じている。私は医療従事者ではないけれど、少しでも不安を和らげられたらうれしい」
例えば、体温の測り方一つにしても、国によって違う。「アメリカの人に何も言わずに体温計を渡すと、口に入れてしまう。洋服の下から脇の下に入れてください、と細かく説明するんです」
国によって医療や保険制度、治療方針が異なるため、患者に日本の医療制度について説明し、保険会社と調整、交渉をする。
日本語を学び始めて約20年、流ちょうな日本語を話すが、時に命が関わる医療現場での通訳は特殊だという。技術はどんどん新しくなるため、常に医療用語を学び、分からないことはメモに記録。細かな表現にも気を配る。「日本語では、しくしく、とか、ずんずん痛む、と言いますが、痛さの表現は国によって違う。直接訳せない言葉も、医師に正確に伝えなくてはいけませんから」
昨年、院長と台湾を視察し、沖縄に来る台湾旅行者の透析の受け入れもスタート。活躍の場が広がっている。1カ月に50人ほどの患者に接するが、「一人一人が印象的。みなさんのことを覚えています」と話す。
沖縄に移住したのは4年前。那覇市出身の夫とSNSで出会い、結婚したのがきっかけだ。その前から10回以上旅行で訪れ、移住も考えていたほどの沖縄好き。迷いは無かった。「初めて来た時に、ゆっくりとしたペースや海が大好きになって、すぐに沖縄での仕事を探したほど。その後も何度も通いました。温暖な気候や食べ物も、当時住んでいた台湾と似ています」
チャレンジ精神旺盛な知念さん。アメリカや台湾では、教育関係から通訳・翻訳まで、さまざまな仕事を経験してきた。「苦手なことを克服するために、チャレンジを大事にしている。その一つとして、学ぶことが好き」と話す。
現在の仕事も、学ぶことは尽きない。「新しい知識を学ぶほど、知らないことへの恐怖感が出てきて、学びたい思いが増します。基本的には人見知りなのですが、患者さんへの接し方も日々発見がある。だから、毎日楽しい。何よりも、人をサポートできる喜びが大きい」。自然体の笑顔に、充実感があふれていた。
心強い仲間
知念さん提供
知念さんは、「ドラゴンボート競技」の舵取りとして国際大会に出場したこともあるスポーツウーマン。ドラゴンボートとは手漕ぎの船を使った競技。「台湾時代のチームメンバーと一緒に、7月に豊見城市のハーリー大会に出場しました=上写真。チームメンバーの一人の幸(みゆき)は去年ガンで亡くなったのですが、大切な親友で、一緒に旅行もしました=下写真」
自転車で本島1周
知念さん提供
ゴールデンウイーク中に、自転車で沖縄本島を1周した。実は、2度目の挑戦だ。
まだ台湾に住んでいて沖縄に旅行で来ていたころ、「もっと沖縄を見たい」と、台湾から持ってきた自転車で本島1周にチャレンジした。しかし、辺戸岬で自転車の調子がおかしくなり、安全を考えてヤンバル区間は断念。「悔しかったので、再チャレンジ。夫の支えもあり、1週間かけて達成しました。とてもうれしかった!」
漫画で勉強
知念さん提供
日本語は塾に通いながら、漫画で学んだ知念さん。よく読んでいたのは、「子連れ狼」などの時代劇漫画。「漢字が多いので、漢字から大体の意味を推測し、分からないことを調べました。外国語は、ミスがあっても恥ずかしがらずにどんどん使うことが大事だと思う」
プロフィル
ちねん・ろんきえっと
1968年ベトナム生まれ。79年にベトナムを発ち、マレーシアの難民キャンプを経て80年に渡米。93年ペンシルベニア州立大学 教育学部 教育学修士号取得。2016年国立台湾師範大学 中国語教育大学院 博士課程満期退学。アメリカニューヨークの移民社会福祉センター、台湾で中華民国経済省知的財産庁で翻訳・編集などを経て、15年に結婚・沖縄へ。17年から牧港中央病院で医療通訳、医療コーディネーションを行う。
[今までの彩職賢美 一覧]
撮影/比嘉秀明 文/栄野川里奈子
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1347>
第1681号 2019年10月17日掲載