彩職賢美
2016年4月14日更新
アジアの子に平和と幸せを【吉井美知子さん・沖縄大学教授】
才色兼備『沖縄で働く女性は、強く、美しい』
アジアの子に平和と幸せを
NGOや国際協力を教える・吉井美知子さん【沖縄大学教授】
沖縄大学で国際協力について教える吉井美知子さん(58)。ベトナムでストリートチルドレンを支援するNGO(非政府組織)に関わり続けてきた。「子どもたちが幸せで平和に暮らせるように」。第一線を退いた今、今度は学生らに世界の現状を伝え、活動の意義について語る。「広い視野を持つ人になってほしい」。その思いを沖縄から発信する。
ベトナムは第2の故郷」と話す吉井さん。「ベトナムは経済発展が著しく活気もある。半面、貧富の差が大きく、ストリートチルドレンも増加している」と説明する。
吉井さんはベトナムでの20年余にわたるNGOの運営を経て、日本の大学で同国の現状や国際協力の仕組みを教える。「学生には広い視野を持ち、自分で考え行動してほしい」との思いを持つ。モットーは「主体的に動くことで新たな発見や出会いがある」。ベトナムはじめ海外で、現地の人と活動してきた吉井さんならではの言葉だ。
吉井さんがNGOを運営する中で何度もぶつかった壁があった。資金調達、人員確保、そして国民性の違いだ。その壁は丁寧に会話をし、理解をしようと心掛けることで解決へとつなげた。「上からでなく同じ目線で一緒に取り組むことが大事」と話す。
現在の活動は学内にとどまらない。ベトナム戦争時に使われた枯葉剤と基地の島、沖縄との関係の調査や日本政府が推進するベトナムへの原子力発電所輸出に対する反対運動など、積極的に行動する。「福島の事故の終息が見通せない中、原発を輸出し、万が一のことがあったら…」。福島第一原発事故の際、三重県に住んでいた吉井さん一家。事故後、家族全員でベトナムへ避難、その後バラバラに。一緒に暮らせるようになったのは半年後のこと。安住の地を求めて2014年に来沖した。
「原発の電気は核兵器の副産物。子どもが平和で希望をもって暮らせる社会には不必要」。吉井さんの脳裏を横切るのは家族やベトナムの子どもたちの姿。「両国に関わってきた私だからできることがある」と、勉強会や講演、出版などを通して、平和の思いを沖縄から発信し続ける。
◆ ◆ ◆
吉井さんがベトナムと関わりを持ったのは、大学を卒業し渡仏した時のこと。パリの生活が不慣れな吉井さんに、親身になり接してくれのがベトナムの友人たちだった。「もっと話がしたい」。ベトナム語の勉強を始めた。
帰国後、日系企業の駐在員としてベトナムに。現地で働くうちに貧困にあえぐ子どもたちのことを知った。「私がベトナムに返す番」。仕事の傍ら、ストリートチルドレンや経済的に恵まれない子どもたちに寄り添い、支援するNGOでボランティアを続けた。その後、NGOを立ち上げたチャン・ヴァン・ソイさんと結婚。NGOの広報や通訳、財務や人事など裏方から支えた。「小額でも寄付が集まるとうれしかった」とやりがいを感じていた。
ところがある日突然、夫が逮捕された。誤認だったこともあり、すぐに釈放。しかし「ベトナムは社会主義の国。NGO活動は自由ではない」と痛感。運営する上で日本では経験することのないやりづらさがあった。それでも「子どもたちを路上に戻してはならない。貧困の連鎖は断ち切らなければ」と活動を継続。支援の手は緩めなかった。
現在、NGO活動の第一線は退いたが、相談役として指導などに当たる。吉井さんは願う。「貧困が減り、みんなが平和に暮らせるようになってほしい」。ベトナムの現状や子どもたちのことを知ってもらうためにも、前を見据え、伝え続けている。
学生とともに訪れるスタディーツアー
夏休みなどの長期の休みを利用し、希望する学生を対象にしたベトナムスタディーツアーを企画、実施。吉井さん自身が引率もする。昨年は6人の学生とともにホーチミン市を訪れた。現地でのフィールドワークや原発建設予定地となっているニントゥアンにある少数民族の村にも訪れた。ほかにも在ベトナムの沖縄県出身者らとも交流、つながりを広げている。
ゼミの学生の中には吉井さんの熱意が伝わり、長期でベトナムに留学した卒業生も現れた。「ベトナムに関心を持ってくれたことが本当にうれしい」と笑顔。
スタディーツアーで、ベトナムの少数民族=右3人=と意見交換をする学生と吉井さん=左奥2番目(吉井さん提供)
ハンモック
ホーチミン市で購入したもので、昼休みにゴロリと横になる。ラジオを聴いたり、新聞を読んだり、それが吉井さんのリフレッシュ法だ。「少し横になるだけで回復し、午後も元気に働けます」。
子どもたちの手作りアイテム
吉井さんが所属するNGO「ストリートチルドレンの会」の子どもたちが作ったハンドメード雑貨。売り上げは子どもたちの支援のために使われる。県内ではエコショップ「がじゅまるガーデン」(那覇市壺屋1-7-20)で購入できる。
吉井さんのハッピーの種
Q.家族との会話には何語を使うんですか?夫とはベトナム語。子どもたちとはベトナム語と日本語の両方使います。
夫との間に国の違いを感じることは毎日のようにありますが、違うことを前提にスタートしたわけだし、気にはしていません。お互い良い意味で諦めること。これは国際結婚じゃなくて同じ国の人でも一緒では? 外国人だと最初から違いがあるということを分かっているから覚悟しやすいのはあるかもしれませんね。
Q.休みの日の過ごし方は?
なかなか休みは取れないのですが、子どもの部活の大会に応援にも行きますよ。また、私は阪神タイガースのファンなので今年は2回、宜野座村までキャンプを見学に行き、交流試合を応援しました。
それに時間ができたときは私が日本食を作ります。夫が作るときはベトナム料理になるので。普段、家のことは夫にサポートしてもらっています。
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沖縄大学
電話:098-832-3216(代表)
http://www.okinawa-u.ac.jp/
PROFILE
よしい・みちこ
1957年、京都府生まれ。81年京都大学文学部仏文科卒業、渡仏。パリでベトナム語を学び、93年よりベトナムで商社勤務の傍ら、NGO「ストリートチルドレンの会」の活動に参加、運営に携わる。JICAでの活動を経て、2007年東京大学大学院博士課程修了。国際協力学博士。三重大学を経て、14年より沖縄大学人文学部教授。専攻は国際協力、ベトナム地域研究。2児の母。
編集/相馬直子
『週刊ほーむぷらざ』彩職賢美<1211>・第1500号 2016年4月14日掲載
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編集者
横浜市出身、沖縄で好きな場所は那覇市平和通り商店街周辺と名護から東村に向かう途中のやんばる。ブロッコリーのもこもこした森にはいつも癒されています。「週刊ほ〜むぷらざ」元担当。時々、防災の記事なども書かせていただいております。被災した人に寄り添い現状を伝えること、沖縄の防災力UPにつながること、その2点を記事で書いていければいいです!