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2012年8月9日更新

命生まれる場所「海につながる体内の器」

海んちゅ写真家 古谷千佳子のフォトエッセー「潮だまり」vol.17



命生まれる場所

海につながる体内の器



ジョロジョロジョロロロ〜…。波打ち際に響く、聞き慣れない低い音。黒く丸い石で敷き詰められた海岸は、夏の日差しに照らされ見事に熱い。サンダルからはみ出した足がやけどしそうで、こわごわと歩く。沖縄の白い砂浜とは大違いだ。

日本一海女さんが多くいる三重県鳥羽市。リアス式海岸という地形が広がる一帯の中でも、わずかな平地しか無い集落は、海への依存度がとても高い。他の海女集落が、時化(しけ)で口開けしない時でも、彼女たちは恐れず海へ出る。海賊さながらのその姿勢と、その景観から作り出される仕事や暮らしのあり方に私は強く惹(ひ)かれている。

潮の満ち干で押しては返す波の壁は、海への入り口。そこは常に揺れ動く。真っ白に泡立つ強い壁を海女たちは、潜水に必要な道具をすべて担ぎ、タイミングを見計らい、なんなく入水する。

海と空気の境目は、生と死の転換場所。人間にとっては陸が生、海中が死。海の生き物にとっては、その逆だ。その境目を行き来している海女たち、そして沖縄の海人(うみんちゅ)は、陸でしか暮らしていない人間が気付かない「何か」を常に感じながら生きている。

私の場合、体内に流れる潮騒の音を聞きながら、外界へ出るその時を静かに待つ新しい「命」を体内に宿した時、それを強く感じるようになった。海で感じてきたギリギリ感と命の存在とがリアルに繋がった。「生」と「死」は裏表だと。

私たちはお母さんという海の中から人として生まれてきた。ずっと大昔、私たちはイキモノとして海で生まれた。果てしなく長い時間を海の中で過ごし、およそ1億年かけて海から陸上へ進出した生命の進化。それを胎児はお母さんのおなかの中でわずか1週間で遂げ、人間らしい形となる。その後、羊水という海の中でプカプカ浮かんで過ごし、自分が乗るべき波を見極め、外界へと出てきたのだ。

だから海に女はよく似合う。そして街の暮らしの中でいつしか遠くなってしまった海を感じる器を本当は、誰もが持っているのだと感じてやまない。




[文・写真]
古谷千佳子(ふるや・ちかこ)
那覇市在住。海の仕事に従事、スタジオで写真を学んだ後、海人写真家となる。海・自然と調和する人々の暮らしや伝統漁業を主に撮影する。TBS「情熱大陸」などに出演。著書に 写真集「たからのうみの、たからもの」、「脳を学ぶ2」(共著)ほか
http://www.chikakofuruya.com/​

 
古谷千佳子のフォトエッセー『潮だまり』
週刊ほーむぷらざ 第1311号・2012年8月9日に掲載

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