イースター 復活祭を迎える|fun okinawa~ほーむぷらざ~

沖縄で暮らす・食べる
遊ぶ・キレイになる。
fun okinawa 〜ほーむぷらざ〜

沖縄の魅力|スマイリー矯正歯科

COLUMN

ぎだちゃん

2017年4月14日更新

イースター 復活祭を迎える

日本では、まだあまり知られていない「イースター」。また「復活祭」とも呼ばれる。何が何から復活するのだろうか。2017年は4月16日(日)に開催されるようです。

イースターとは

「日本ほどイベントを取り込むのが上手な国はないのではないか?!」と思うほど、一年を通してたくさんの催し物がある。しかし、その一つ一つに心を留めてみると、「まぁ、なんと節操のない」と思うほどに、多種多様なものがある。
そして、商業的なものがベースになることが多く、自分自身を振り返ってみても、そのイベントの由来や本来の意味について、知らないことが多い。

最近、この時期に「イースター」にちなんだカラフルな卵やウサギの飾り、グッズなどを目にする機会が増えた。東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンなどの有名なテーマパークがイースターの企画をし、百貨店やお菓子メーカーも合わせて商品を出している。今日のイオンのチラシにもパーティーメニューってことで、イースターを祝うための関連商品が載っていた。

そのイースターは、日本語では「復活祭」と呼ばれている。
日常会話のレベルでも「復活」という言葉を何気なく使っているが、よく考えると、あまりにも力のある言葉だなと思う。

「復活」
国語辞典によれば「生き返ること」「よみがえること」「元の状態に戻ること」などとある。
生き返るということは、死んでいた状態に命がよみがえること。

いやいや、すごいでしょ、それ。


 

「復活祭」の「復活」は何からの「復活」?

復活祭、復活祭と言うが、はたして誰が、何から復活したのだろうか。
そして、どうしてそれは「祭(祝い事)」になるのか。
その答えを簡単に言うならば、「十字架にかけられた神の子であるイエスキリストが、死んで3日目に復活をしたことを祝う」ということ。

もう少し突っ込んだ疑問を持つならば、一度死んだのに何のために復活したのか? と気になるところ。
B.C.(Before Christ:紀元前)の時代に書かれた旧約聖書には、モーセの十戒を含む613に律法がある。その時代、その律法を守れなければ「罪」に定められ、「罪の報酬は死」だと定められていた。その定められた死を免れるために羊・山羊・牛・鳩など動物にその罪をうつし、身をきよめるために生け贄(いけにえ)を捧げていた。

その「罪」について書くと、話が広がり過ぎるのでここでの詳述は避けるが、現在の法律で罪と定めている「犯罪」とは少々異なる。
聖書で言う罪とは、一人一人の命を含めて、この世のすべてを創造した神から離れて生きることである。人が神を意識しない(神から離れている状態)で生き、下手すれば神ではないものを神のようにしたり、神を否定していることが罪となる。聖書ではそれを「生きているが死んだようなもの」とも例えている。

イエスキリストがこの地上に生まれたのは、この罪を帳消しにし、「罪の報酬は死」という律法から人々を解放するため。聖書の記述をかみ砕くと、このコラムを書いている自分自身を、このコラムを目にしてくださっているあなたを「罪のないものにするため=救うこと」だったということになる。

 

映画「パッション」が描く復活

イエスキリストの最後の12時間と復活を描いた映画「パッション」。日本では2004年に公開され、俳優のメル・ギブソンが監督を務めた。聖書の中の記述に非常に近いと言われ、むち打ちや十字架刑に処されるシーンには、聖書の内容に忠実なゆえに衝撃的だと取りざたされるシーンを含む。しかし、実際にはもっとひどかっただろうと言われている。

そもそも、なぜキリストが十字架に付けられなければならなかったのか。
それはこの映画のあるシーンによって、見事に描かれている。

イエスキリストが十字架の上で命を終え、カメラは高い位置から十字架を真下に見下ろす画面に切り替わる。映像が一瞬ゆがんだようになり、一粒のしずくが落ちる

これは天にいるキリストの父である神が流した涙であった。自分の子どもの死を悼まない親はいない。

しかし、その涙はそれに完結しない。神の愛はすべての人々に向けられ、注がれている。
というのも、人のすべての罪を取り除くために、自分よりも大切な子であるキリストの命と引き替えにしたのだった。「神は愛なり」という聖書の言葉は、自分たち一人一人に向けられていて、神が行う全てのことの動機が「愛」であること、またその愛が計り知れないほど深いことを教えてくれる。

少々長くなったが、イースターを祝うその復活祭には、壮大な神の愛と偉大な神の計画の成就を見ることができる。


 

良い知らせ、福音

僕は、学生の頃から歌っているゴスペル音楽が持つ、エネルギッシュな力の源は何なのだろうか、と考え続けて10年が経つ。この「復活祭」を知り、そこにある愛を知った時に、その理由が分かったような気がした。
はじめは自分自身、ただ楽しくて、黒人のかっこよさにあこがれて歌っていたけれど、さまざまな歌詞を通して、どういう意味なのか、何を伝えようとしているのかを考えはじめたときに、人生が大きく方向転換したように思う。
 

大好きな曲、No Defeat

愛してやまないNo Defeat (ノーディフィート)という曲がある。(You Tubeリンク
意味としては、「敗北は無い」。つまり勝利を意味するのだけれど、歌い出しの歌詞がこれ。

No more losing, (これ以上失うものはない)

とても力強い。そして曲もとても力強く、明るい。

それに続く歌詞は、
In Jesus I found a blessing. 
(イエスキリストの中にある恵みを見つけたから)
I've got a new life, a new start,
(その恵みは新しい命を与え、新しいスタートに立たせてくれ)
A right spirit, a clean heart;
(正しい魂と、きよめられた心で生かしてくれる)
No defeat, no, I'm born to win.
(決して敗北はない、勝利するために生まれたから)


Gospelの語源は、GOD DPELL【神の言葉】を表し、それはGOOD NEWS【良い知らせ・福音】と言われる。
勝利するために生まれた。
神を知って、No more losing(これ以上失うものはない)。

ぎだちゃん

タグから記事を探す

この記事のキュレーター

スタッフ
ぎだちゃん

これまでに書いた記事:107

プランナー(企画・編集)
「自由に生きたい」。そのためには健康や豊かさについての情報を知ることから始まると思っています。だからこそこのサイトでの情報発信して、お伝えしていきたいと思っています。アメリカ南部をこよなく愛し、ゴスペルを歌うお弁当男子。あ、基本はハチャメチャな感じです。

TOPへ戻る