命を育む知恵で次代へ伝える|彩職賢美

沖縄の庭先に茂る野草を摘み、ミキサーにかけて飲む。ぜんそくで苦しんだ子ども時代からリウマチ、乳がんと経験し、伊仲美恵子さん(75)がたどり着いたのはそんな暮らしだ。日々、「野草の力をいただく」暮らしを実践し、自分の体で確かめてきた。その知恵を現在は次男の道千丞(みちすけ)さんが引き継ぎ、静かに広がり続けている。   

株式会社いなか・健康アドバイザーの伊仲美恵子さん(75)

伊仲美恵子さん(左)と次男の道千丞さん

自ら試して確信した野草の力

母から伝えられた知恵 野草人生のはじまり

幼いころはひどいぜんそくに悩まされていた伊仲美恵子さん。しかし気軽に病院へ通うことが難しかった時代。医師ではないが病気に詳しい人が隣近所にいて「発作が起きるたびに助けてもらっていた」という。

母はぜんそくに効くと聞けば、あらゆることを試した。庭に生えていたサボテンをすりおろしたり、ゲットウやフーチバーなどを煎じて飲ませてくれた。「全部おいしくなかったけど、なんとか我慢して飲んだ」。特効薬と呼べるものがなかった時代、母や近所の人たちが知恵を持ち寄ってくれた。その記憶が後の野草との向き合い方につながった。

結婚当初から玄米菜食だった。夫は「牛じゃあるまいし、草ばかり食わされて」とこぼしたが、しばらくすると「なんでかね? 便秘の薬を飲んだときより、ずっと気分がいい」と体調の変化に驚いた。それまで悩んでいた不調が落ち着いたことで、以来、文句を言わなくなった。

食卓にはうま味調味料を使わない食事を徹底した。「若いころは、外食先でそういうのを見ると黙っていられなかった」と苦笑する。子どもたちは虫歯ゼロで視力も良好。12年間皆勤賞。「どんな子育てしているのかよく聞かれたけど、勉強しなさいって一度も言ったことない。放し飼いよ」と笑うが、絵本の読み聞かせだけは欠かさなかった。「小学校に上がったら自分で読むから、幼稚園までで十分。塾も行かんで大学まで行った。お金のかからない子育てだったよ」

手間はかけても暮らしそのものは簡素だった。「本物を食べ続けること。自分の感覚を上げていけば、子どもたちは説明しなくても自然と分かるようになり、自分で判断できるようになる」。日々の食卓が、そのまま子育ての土台になっていた。


転機は平和ガイドをしていた時期。息切れが続き、病院受診で貧血と分かった。「貧血と言えば鉄分さ。薬じゃなくて野草で取ろうと思ったわけ」と伊仲さん。庭にあったアロエやヨモギを、皮ごとミキサーにかけて飲んでみることにした。「そうしたら1日で楽になったの。これはいいなと思って、それから離せなくなった」。自分の体で確かめたことが、その後を大きく変えた。

その体験を聞いた知人から薬草ジュースを頼まれるようになった。評判は口コミで広がり、ある日、長く農政に携わった人物が訪ねてきた。「保健所に行って手続きをし、商売にしなさいって言われて」。流し台の作り方、中古の設備の手配と周囲の人に教わりながら小さな作業所を構えた。

開業当初は看板もない、口コミだけの店だったが、年齢を重ね、常連客から「跡継ぎはいないのか」と聞かれることが増えた。「これがないと困ると言われて。東京にいた息子に相談した」。次男の道千丞さんが代表を務めるようになると、看板を掲げ、発信の仕方も一新した。従業員を置き、講演に招かれる機会も増えている。「私が話し過ぎると、息子が『ストップ』って止めるのよ」と声を立てて笑う。

伊仲さんは特別なことをしているつもりはなく、暮らしの延長として野草と向き合ってきただけだと話す。「薬という字は、草を楽しむと書くでしょう」。昔から伝わる野草の取り入れ方を実践してきた伊仲さんの知識を後世に残したいと、現在、内科医の大場修治さんがドキュメンタリー制作を計画中という。

「今後も皆の力を借りて、沖縄の野草の良さを伝えていきたい」

庭先の草花とともに歩んできた道のりは、静かに、確かに、次の世代へと引き継がれている。

野草の生命力 取り入れやすく

(株)いなかでは、自社の畑で三男の寛丞(ひろすけ)さんが農薬や肥料も使わず自然農法で野菜を栽培。畑で収穫した月桃、ヨモギ、長命草など季節の野草20種をドリンク状にした「薬草スムージー」を製造販売している。スタッフが収穫した野草を手作業で選別、摘み取りを行うなど手間暇をかけ提供。保存料は使っていないため、1週間ほどで飲み切る必要がある。

伊仲さんが考案した「薬草スムージー」。希少な沖縄原種のアカバナーの葉も使われている

沖縄原種のアカバナー=下写真=も材料の一つ。「ハイビスカスはいたるところで見られるけれど、沖縄原種のアカバナーは希少。うちでは葉っぱの部分を使っている。色も味も濃くて、いただくパワーも大きいと感じる」と話す。「野草には生命力があり、人間は食べることで元気になる」というのが伊仲さんの持論だ。

また、読者が今日からまねできることとして「玄米食はぜひおすすめしたい。私の炊き方をまねするのは大変だと思うから、まずは炊飯器で炊く玄米からはじめてみて。食べないよりずっといいから」と話す。忙しい毎日の中でも、少しの手間を惜しまないことが、健やかな体づくりの第一歩になるとアドバイスする。

民生委員を20年 厚生労働大臣表彰

伊仲さんはこれまで、PTAや婦人会の役員など、地域のさまざまな役職を務めてきた。中でも民生委員は20年にわたって続け、社会福祉の増進に貢献したとして、2026年4月、厚生労働大臣から表彰された。

厚生労働大臣の表彰状を手にする伊仲さん

「頼まれたことは断らない性分。気がついたら20年以上たっていた」と笑う。「誰かのために働くと、自分にも返ってくるものがあると信じている」と伊仲さん。「リウマチや乳がんなども経験したが、今、こうして元気に暮らしているのも神様からご褒美をいただいたからじゃないかって思うんです」とほほ笑む。人の相談に耳を傾け、困りごとに寄り添ってきた歳月は、今の仕事の土台にもなっている。

プロフィル

いなか・みえこ
1951年、旧東風平町で生まれ、糸満市で育つ。高校を卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。25歳で八重瀬町出身の夫と結婚。30歳で帰沖。3男2女の子どもに恵まれる。30代~40代にかけて、貧血、ヘルニア、ナルコレプシー、乳がんを経験。野草ジュースを作るようになる。その評判が口コミで広がり、2003年、八重瀬町に「いなか薬草グリーン」を創業。19年、約500坪の畑で自然農法による野草栽培を開始。24年、「(株)いなか」となり、次男の道千丞さんが事業を継承。

■(株)いなか

電話 090(8835)3468

 

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取材/赤嶺初美(ライター) 撮影/比嘉秀明
毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」彩職賢美〈1463〉
第2032号(2026年7月23日発行)より転載