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看護師で介護支援専門員の資格も持つディロング直美さんが、父親を家族で13年間在宅介護した経験をつづります。(文/ディロング直美 「家族介護のwa」代表)
訪問診療や薬の配達も利用
1年に及ぶ初めての自宅介護は、家族で協力し合い、プロへの相談や訪問介護サービスの利用で乗り越えることができた実感がありました。しかし父はその後も誤嚥(ごえん)性肺炎、尿路感染症、腸閉塞(へいそく)を繰り返し、回復・再発のたびに急性期病院、回復期病院、老人保健施設へ転院。寝たきりの状態が続くことで身体機能は低下し、排尿もチューブを入れて管理することになりました。
つらい選択「胃ろう」
さらに誤嚥性肺炎の再発予防として、胃にチューブをつなぎ食事の代わりに栄養剤を注入する「胃ろう」を選択しなければなりませんでした。脳梗塞後遺症の麻痺(まひ)で飲み込む(嚥下(えんげ))機能が低下し、唾液や食べ物が誤って気管に入ってしまい肺炎を起こすのです。
父は調理人で長い間、たくさんの人においしい料理を振る舞い、家族の誕生日やクリスマスなど特別な日には腕を奮ってくれました。何より父本人が食べることが好きでしたので、食べられなくなることは本当につらい選択でした。
前回とは違う緊張感
病院や施設で約1年間の療養生活を送るなかで家族で話し合い、「肺炎再発の予防はされているし、食べられなくなって切ない。もう一度、家に帰して介護を頑張ろう!」ということになりました。でも、いざ父を自宅に帰すとなると、当然のことですが母の不安は募り「胃ろうの管理はどうしたらいい? 私にも対応できる? 胃ろうが抜けたらどうする?」と医療的な管理が増えたことで前回とは違う緊張感がありました。
幸い退院前に排尿チューブは抜けましたが、胃ろうとチューブをつないで栄養剤を注入する経管栄養の手順を母と一緒に繰り返し練習。同時に在宅サービスについてケアマネージャーと相談し、再編成をしました。
父の介護度は要介護5まで重度化し、ベッドかリクライニング機能付きの車いすで横になって過ごすことが多くなりました。終日オムツを使い、移動や身体ケアは全介助になりました。介護する家族と父の負担を考え、通院から訪問診療に変更。医師と看護師が自宅で診察・処方し、病状の相談もできるため異常の発見や対応が早めにでき、必要な時は入院もさせてもらえ、本当に助かりました。
薬剤師の在宅訪問サービスも利用。薬の粉砕、種分け、朝昼夕の分別も専用の薬箱にセットし配達してくれるので、薬を取り違える心配もなくなり、介護の手間が大幅に省けました。

父は重介護になってしまいましたが、やはり「家で家族と過ごす時間」が大好きで、デイサービスもショートステイも気が進まない時もありますが「今日も家族のためにお勤め頑張ってきてね」と送り出すと、手を振って行ってくれました。
母が「もう限界」
一方で、重介護で医療的な管理や処置が必要になった父を介護し支えることは、母にとっては想像以上のストレスに。夜間の不眠や、処置やケアで時間に追われる状況が続くことで、持病の高血圧が不安定になり、私が介護に関わっていても十分な休息にはなっていなかったのです。なかなか根を上げない母ですが、この時は「訪問で先生も来てくれるし、いろんなサービスで助けてもらっているけれど、私も夜は不眠で血圧も上がってもう限界。お父さんには悪いけど少し休ませてもらってもいいかな?」と吐露しました。
介護をしている人は、責任感や使命感から自分を犠牲にしていることも多く、疲弊から持病の悪化や共倒れになる可能性もあります。父に状況を話し、少しお母さんを休ませ助けてあげてほしいと説得。自宅介護再開から2カ月後にサービス付き高齢者住宅へ入居となりました。
執筆者プロフィル

でぃろんぐ・なおみ/看護師。亡き父を13年間介護。2023年「家族介護のwa」設立。「ワクワク介護叶(かな)え隊」の翁長久仁子さんと共に介護の悩みを話し情報交換できる「介護の語り場」開催中
◆「介護の語り場」9月30日(水)沖縄市で開催
- 日時 2026年9月30日(水)午後1時30分〜午後3時30分
- 場所 沖縄市福祉文化プラザ2階(沖縄県沖縄市高原7−35−1)
- 内容 家族を介護している方や介護を予定している方に向けて、1人で悩まずに一緒に語り合いながら介護情報を共有
- 定員 10人(先着順)
- 参加無料
- 問い合わせ・申し込み 電話 090(6429)2572(ディロング直美)
毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」13年間の在宅介護日記(6)
第2039号(2026年9月10日発行)から転載