[11月11日は介護の日]認知症 自分らしく生きる、1人で抱え込まないために 当事者や家族、専門家に聞く

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65歳以上の高齢者のうち、認知症の人は約12パーセントと約8人に1人にのぼります。高齢化が進む中、認知症は誰にとっても身近なテーマです。認知症になっても自分らしく生きるには? 介護を担う家族をどう支えるか? 本人、家族、専門家へのインタビューから、認知症と共に歩むヒントを探ります。(編集部/栄野川里奈子)

病名ではなく、“1人の人”として接して

[当事者・Kさんの話]認知症でも毎日楽しい

友人にはオープンに伝えている 診断後、ヨガ教室に通うように

63歳でアルツハイマー型認知症の診断を受けたKさん(64)。要介護2で週5日デイサービスに通いながら、友人らに認知症であることをオープンに伝え、以前と変わらず女子会に参加。診断後に始めたヨガも、毎週徒歩で通う。「毎日、楽しいですよ」と笑う。


夫と2人暮らしのKさん。60歳ごろから物忘れが多くなったと感じていた。年末、料理を作ったことを忘れ、「何かおかしい」と脳神経外科を受診したが、異常は指摘されなかった。その後、「早く診断を受けて対処したほうが、家族にも迷惑をかけない」と県外も含めて複数の病院を受診したものの、診断はつかなかった。63歳のときに受診した病院で、若年性アルツハイマー型認知症という診断を受けた。「ようやく診断がついたとホッとした」と振り返る。

当時、軽度認知障害(MCI)と診断され、レカネマブ(アルツハイマー型認知症の進行を遅らせる世界初の薬)の治療を今も受けている。

友人との女子会が楽しみ

Kさんは現在、免許を返納して車を手放し、料理は夫の担当になった。物を探したり、スケジュールを間違えたり、といったことはあるが、週5日リハビリ特化型デイサービス(通所でのリハビリテーション)に通って運動に励み、以前と変わらず友人と女子会を楽しむ。友人には、認知症であることをオープンに伝えている。「その方が、いい情報が集まってくるでしょ」と軽やかだ。

在職時は管理職として第一線で働き、積極的にボランティア活動に関わってきた。診断後も、好奇心旺盛で人好きな性格は変わらない。

診断後、自分で見つけた公民館のヨガクラスに申し込み、1人で徒歩で毎週通い続けている。情報交換のため、認知症カフェにも頻繁に通っている。先月、子どもの結婚式のためイタリア旅行も楽しんだ。「友人や家族、デイサービスのメンバーと楽しくやっている。診断を受けた当初は情報がなく不安もあったのですが、認知症カフェなどで同じ立場の人と会って情報を得て気持ちも明るくなった。毎日、楽しいですよ」と笑った。

[夫を介護・新里さんの話]認知症になっても夫は夫

前頭側頭型認知症の夫と11年 苦しい時期を経て旅を楽しむように

新里初美さん(67)の夫が「前頭側頭型認知症」と診断されたのは56歳の時だ。自暴自棄の時期を経て、現在は旅行も楽しめるようになった。「認知症になっても夫は夫。できることはたくさんある。病名でなく、1人の人として普通に接してほしい」と語る。

新里初美さん。公益社団法人 認知症の人と家族の会沖縄県支部共同代表、介護福祉士

穏やな夫が外出先で声を荒らげ、違和感を覚えたのが最初の気づきのきっかけだった。その後、体調不良で休職。

休職中、いつもとは違う夫の様子にいくつも病院を巡ったが、「異常なし」と言われ続けた。ようやくたどり着いた病院で告げられた病名が「前頭側頭型認知症」だった。物忘れは目立ちにくいものの、感情のコントロールが難しくなったり、性格が変わったようになったりする症状がある。診断にショックを受けつつも、症状として性格や行動の変化があるとの説明を受け、夫の言動が病気によるものだったと分かり、安堵した。

しかし、夫の受けたショックは大きかった。当時のネットや書籍にはネガティブな情報ばかり。追い詰められた夫は自暴自棄になり、安全を守るために入院したこともあった。

その後、介護保険を申請しデイサービスを利用し始めたが、高齢者中心で認知症への偏見もあり、なじめなかった。

働き始めたことが転機に

転機となったのは、制度の変更で就労継続支援B型事業所への通所を始めたことだった。「『働きたい』と願っていた夫にとって役割を持ち、工賃を得て働けることは大きな喜びとなりました。理解ある職員との出会いにも支えられ、夫は次第に本来の自分を取り戻したんです」

症状は落ち着き、夫は認知症を公表。「認知症希望大使」として、講演活動を行うようになった。「認知症になっても、夫は夫。できることはたくさんあります」

一方、介護のために退職した新里さんは、社会的な孤立感や経済的な不安を抱える中、一念発起して畑違いの介護職へ転職した。現在も介護福祉士として現場で働く新里さんは、「仕事で得た学びを夫の介護に生かせる上、社会とのつながりも保てる」と話す。

診断を受けて11年。夫婦の関わりは変化した。「以前は何でも私がやっていましたが、今は食器の片付けや掃除機掛けなどできることは任せています。遠慮し過ぎず、自分の意見も伝えるようになりました。周囲からは『夫婦漫才だね』と笑われます」と笑顔を見せる。

息抜きは、同じように介護の悩みや思いを共有できる仲間との女子会だ。昨年、夫と共に、認知症の人や家族が本音で何でも話せる場をと、うるま市に「ピアサポートの会」を立ち上げた。

「同じような経験をしている人と話すことで楽になったり、介護に役立つ情報が得られたりします。1人で頑張り続けるのではなく、誰かとつながってほしい」と願う。

認知症の人と家族のピアサポート よりそい  
電話 090(1367)4310

[夫を介護・渡辺さんの話]1人で抱え込まないで

誰にも言えなかった5年間 知る、つながることが大事

「まずは認知症を正しく知ること。1人で抱え込まず、周囲や家族の会を頼って」。そう語る渡辺久江さん(75)は、アルツハイマー型認知症と診断された夫を10年間自宅で介護し、みとった。最初の5年は、孤立介護だった。

渡辺久江さん。公益社団法人 認知症の人と家族の会 沖縄県支部 副代表、世話人

5年間、誰にも相談できず「孤立介護」をしていた渡辺さん。「介護保険のことをまったく知らず、夫も他の人のお世話になることを嫌がったんです」と振り返る。

夫が63歳の頃、普通ではない物忘れと本人が自覚し、病院で「若年性認知症」と診断された。投薬や対策を聞いて安心したが、症状の進行は早かった。

スーパーで買い物のカゴが持てなくなり、1人歩きや排泄の失敗が始まる。友人や親族にも打ち明けられず、渡辺さんは1人で介護を抱え込んだ。

夫の自尊心を傷つけないよう、失禁に備えてトイレに新聞紙を敷き詰め、1人で出て行った時は隠れてついて行き、数十分後に偶然を装って「一緒に帰ろうか?」と声をかけた。

印象に残っているのは、1日に1~2回、夫の意識が明晰になる時間があることだ。当初は30分ほど、徐々に短くなっていたが、最後までその時間はあった。「俺を捨ててくれ」と漏らした時は、「ずっと側にいるよ」と優しく声をかけた。夫は「ありがとう」「ごめん」と口にすることもあった。症状が進んでも、夫は夫だった。

一方で、夫に寄り添い懸命に介護を続けていたが、誰にも頼れない日々で、渡辺さんの心身は限界に達していた。

家族の会と日記が支えに

発症から5年目。近所から連絡を受け、地域包括支援センターのスタッフが家に訪れた。申請した要介護認定は「要介護4」。この時、初めて公的支援へとつながった。

その後、夫が熱中症で入退院後、介護サービスを本格的に導入。車いすや介護用ベッドを借り、デイサービスやショートステイを利用し始めた。

発症から7年目、夫が誤嚥性肺炎を起こし、口から食事をとることが困難になった。「本人の尊厳」と「生きてほしい思い」の間で葛藤したが、悩んだ末に胃ろうの造設を決意。痰の吸引を学び、在宅介護を継続した。夜中に何度も起こされる日々も、不思議と怒りが湧くことはなかったという。そして発症から10年目、入退院を繰り返していた夫を渡辺さんはみとった。

介護生活を支えたのは、日々の思いやできごとをつづる「日記」と、思いを共有できる「家族の会」の存在だった。

「知は力です。人の話を聞き、情報を得ることが、後悔のない介護につながります」と渡辺さん。現在は「認知症の人と家族の会」沖縄県支部の副代表として、悩みを抱える家族に寄り添う。

[専門家・泰さんの話]本人の気持ちを尊重しよう

家族の好き、関心を知っておこう

作業療法士、家族の会の世話人としてたくさんの認知症の人と家族に関わっている泰真実さんは「本人の気持ちを尊重することが大事」と話す。沖縄の現状や認知症の人への接し方について話を聞いた。

泰真実さん。公益社団法人 認知症の人と家族の会 沖縄県支部 世話人。作業療法士。医療法人アガペ会 認知症ケア統括

Q 沖縄の介護を取り巻く特徴は?

A 高齢者のひとり暮らしが増加する一方、全国と比べて所得が低く家族の介護力が弱い世帯が多いです。人口比での施設数は全国に比べて多いのですが、需要に追いついておらず、介護職の人手不足も深刻で現場はギリギリの状況です。

国は在宅ケアへのシフトを勧めていますが、単身世帯や介護力が低い家庭の共倒れを招くリスクがあり、「ゆいまーるで支え合っている」というイメージと、現実には大きな隔たりがあります。

Q 「認知症かも」と思ったら?

A 早めに病院を受診することが大切です。原因を特定することで治療で治る病気が見つかることもありますし、余裕を持って今後の見通しを立てて準備することができます。

まずは「地域包括支援センター」へ相談してください。受診前の段階や物忘れが心配なグレーゾーンから対応しています。

もしも家族が病院に行きたがらない場合は、「健康診断のように、予防のために受診しよう」といった声かけを勧めることがあります。説明をせず、だまして連れて行くことは避けてください。家族間の信頼関係が崩れ、医療・介護スタッフへの不信感にもつながってしまいます。

Q 同じことの繰り返しにどう対応する?

A アレ? と思う行動の裏には理由があります。正面からぶつからず、寄り添うこと。よくあるのが、「財布がない。盗まれた」という訴えですが、否定せずに「一緒に探そう」と言って安心してもらうといいですよ。紛失防止タグ(千円前後~)を付けておくと、探す負担が大幅に減ります。

また、介護は自分たちだけで背負いこまないで。デイサービスや一時的な宿泊・入院などを上手に活用して、家族自身も休む時間を作ることが長く向き合うコツです。

「家族の会」や「認知症カフェ」への参加もオススメです。気軽に悩みや情報交換ができる場所が、県内各地にたくさんあります。

Q 認知症の人と関わる時に心掛けたいことは?

A 本人の気持ちを尊重することです。私たちのような介護職も家族に希望を聞きがちですが、ケアの中心は本人。私の父は認知症ですが、視力が弱い母と2人暮らしを続けています。料理は母が声を掛けて、父が作っています。家族としては心配もありますが、「知り合いの多い住み慣れた街で暮らしたい」という本人の希望に沿っています。本人や家族の状況にもよりますが、できるだけ本人の意思を尊重できるといいですね。

「役割」を残しておくことも大事です。危険だからとやることすべてを取り上げると、不安や症状が強まってしまいます。例えば料理なら、野菜を洗う・お皿を片付けるなど、役割を残すことが、本人の尊厳を守ることにつながります。

Q 予防はできる? 備えるべきことは?

A 認知症の約4~5割は生活習慣の改善でリスクを下げられるというデータがあるため、高血圧などを放置せず定期健診を受けることが予防の第一歩です。

備えとしては、元気なうちに将来希望するケアを家族に伝えあうこと。また、認知症になっても本人らしさは残ります。「1人が好きか」「何に関心があるか」「どんな食べ物が好きか」といった好みや人となりを知っておくことが、将来のサポートにとても役立ちます。

認知症の人と家族の会 沖縄県支部
電話 070(3164)7992
相談窓口(月・水・金 午前10時〜午後4時)
Eメール okinawa.kazokunokai@gmail.com


毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」特集・11月11日は介護の日
第2047号(2026年11月5日発行)より転載